[第十五話]病原菌

トワドという辺鄙な村にテミカという老婆が住んでいた。ある日、彼女は高熱を発し、昏睡状態に陥った。

村人たちは街から医者を呼んだ。医者は薬を調合し、テミカに飲ませた。しかし、投薬は効果を発揮せず、彼女は五日後に亡くなった。村人たちと彼女の親族たちは彼女の遺体を火葬に付した。

テミカが死亡した二か月後、同じ村に住む三人の村人が高熱を発し、昏睡状態に陥った。そして彼らもテミカと同様に数日後に死亡した。

その病気は、感染の約二か月後に発病し、発病の数日後に死亡する伝染病だった。医者たちはその病気をトワド熱と呼び、その病気の病原菌をトワド菌と呼んだ。彼らは患者たちを隔離したが、発病者は少しずつ増加していった。

テミカにはモリブという息子がいた。彼が母親の葬儀に参列した日から半年を経たある日、母親が彼の前に姿を現した。息子は恐怖のあまりその場に立ちすくんだが、母親の穏やかな微笑を見ているうちに恐怖は去っていった。

自分は神になったので何か困ったことがあれば手助けしてやろうとテミカは息子に告げた。モリブは、来年から年貢を増徴するという通知を県の役人から受け取ったばかりだった。そうなると生活がますます苦しくなると彼は母親に訴えた。母親は、自分がなんとかするから安心していなさいと笑顔で言い、そして姿を消した。

次の日、トワド村を管轄する県の役場を時ならぬ黒雲が覆った。雷鳴が轟き、稲妻が走った。雷は役場の屋根を半壊させた。

県の知事は、雷鳴が人間の声のように聞こえることに気づいた。その声は、知事はどこにおるか、と尋ねていた。

ここにいる、と知事が応じると、雷鳴は、自分はテミカという名の神であると告げた。

神がわしに何の用か、と知事は尋ねた。

年貢は決して増徴しないと誓え、とテミカは要求した。

知事がその要求を拒むと、テミカは役場の楼門に雷を落とし、それを木端微塵に粉砕した。知事はそれを見て恐れをなし、年貢は決して増徴しないと神に誓約した。

神になったのはテミカのみではなかった。トワド熱で家族の誰かを失った人々は、その半年後、神となった死者と再会した。トワド熱による死者たちの多くは、獲得した能力を駆使して、自分たちの家族を幸福にしようと奔走した。

少数ではあるが、家族の幸福ではなく、それ以外の目的で奔走する死者たちもいた。そのような死者たちの多くが目指したのは正義の実現だった。彼らは、社会に巣くう数々の悪徳を人間たちが放置していることに義憤を感じ、悪逆無道な者どもに天罰を下した。

ケビムという青年もトワド熱による死者の一人だった。彼は自分の家族に幸福を授けることにも横行する悪徳に鉄槌を下すことにも関心を持たなかった。彼の関心は自分に与えられた能力の限界を見極めることにのみ向けられていた。

ケビムはさまざまなことを試みた。その結果、宇宙の端から端まで移動することや、すでに存在する物体に改変を加えることなどは容易であるのに対して、これまで存在していなかった物体を出現させることは困難である、ということが判明した。

しかし、困難ではあるものの、不可能というわけではなかった。ケビムはまったくの無から小さな石を作り出すことができた。彼は来る日も来る日も石を作り続けた。彼が作ることのできる石は、しだいに大きくなっていった。

いかなる大きさの石でも作ることができるようになったケビムは、次に、生物を作ることに全力を傾けた。最初のうち、彼に作ることができるのは単細胞生物のみだった。それでも彼は粘り強く生物を作り続けた。彼が作ることのできる生物の構造は、しだいに複雑になっていった。

ケビムはきわめて高い知能を持つ生物さえも作ることができるようになった。しかし、生物に関しては依然として大きな謎が残されていた。それはトワド菌が人間を神にする仕組みだった。ケビムはその仕組みを解明する研究に着手した。

ケビムは人間の体内で起こっている現象を自分に報告する能力を持つ無数の微生物を作り、それらをトワド熱の患者たちに送り込んだ。そしてそれらの微生物から送られてくる報告を記録し、それらを分析した。そのような研究を続けることによって、彼はトワド菌が人間を神にする仕組みを少しずつ解明していった。

トワド菌に関する謎を解明し尽したのち、ケビムはその病原菌を参考にして新型の病原菌を作った。それは神を病気にする病原菌だった。ケビムは自分自身をその病原菌に感染させた。彼は感染の翌日に発病し、発病の二時間後に死亡した。そして死亡の三日後、神を超えた神として復活した。

ケビムは宇宙を作り、その宇宙の物理法則を定めた。そして、その宇宙に生まれた生命の進化を見守った。