[第十七話]羽化

昆虫綱形而上目は、ヨウカイ科、ヨウセイ科、テンシ科、カミ科、ホトケ科に分類される。

カミ科に属する種は一つしかなく、それは神と呼ばれる。神は、メギトスという島の固有種である。

神の卵、幼虫、蛹は、通常の昆虫と同様、人間の目で観察することが可能である。羽化した直後の成虫も、無色透明ではあるが観察は可能である。しかし、羽化から数秒が過ぎると、人間の目のみならず、いかなる測定器によっても観察することが不可能となる。

虫使いと呼ばれる人々は、メギトスの島民にとって尊敬と畏怖の対象である。虫使いは神と会話を交すことができる。そして、神の成虫を使役することによって、病気や怪我を治療したり、大雨や暴風や地震などを予知したり、男女の縁を結んだりすることができる。しかし、虫使いたちにとっても、神の成虫の姿を見ることは不可能である。

生物学者たちによる神についての研究が本格的に開始されたのは、モリブ暦一六五八年のことである。セマトミ大学がメギトス島に派遣した調査隊は、数匹の神の幼虫を捕獲し、それらを携えて大学に戻った。

その当時、神の成虫はどのような形態で存在しているのかという問題については、それは気体となって空気の中に溶け込んでいるという仮説が有力視されていた。しかし、密封されている実験室の外にある林の中で神の幼虫が発見されたことから、その仮説は棄却されるに至った。

気体説に代わって浮上してきたのは、神の成虫は何らかの波動として存在しているという仮説である。現在のところ、この仮説を反証する現象は観察されておらず、多くの生物学者から定説とみなされている。しかし、神の成虫が波動だとしても、その波動の物理的な性質についてはまったく解明されていない。

モリブ暦一六七二年、セマトミ大学は第二次調査隊をメギトス島に派遣した。その調査隊は、生物学者のみならず、人類学、言語学、地質学など、さまざまな分野の研究者から構成されていた。

虫使いたちが語るところによれば、神は独自の言語を持っており、それを使って個体間の意思の疎通を図っている。神が話す声は一般の人間には聞こえないが、幼少の頃から虫使いとなる訓練を受けた者は彼らの声を聞くことが可能である。また、神は人間の声を聞く能力を持っている。人間の言語は神には理解できないが、人間が彼らの言語で話すことによって彼らに意志を伝達することは可能である。

生まれた直後の神の幼虫は、まだ言語を使う能力がない。彼らは成虫との会話によって少しずつ言語を習得していく。成虫は、幼虫に言語を習得させるため、積極的に彼らに話しかける。そして、幼虫に積極的に話しかけるのは成虫のみではない。虫使いも同様である。なぜなら、羽化ののちに人間のために働いてもらうためには、人間に関する知識を幼虫の段階で習得させる必要があるからである。

神の言語は、その文法も語彙も人間のものとはまったく異なっているが、体系的で洗練されている。このような言語を持つ生物ならば、おそらくその言語を会話のみならず記録にも使用しているに違いないと言語学者たちは考えた。そこで言語学者たちは、神も人間と同様に文字を使って自分たちの言葉を記録しているのかと虫使いたちに尋ねた。すると、虫使いたちは次のように答えた。

神も文字を使って言葉を記録する。彼らは図書館を持っており、そこには、彼らが文字を使い始めた二億年前から現在に至るまでの厖大な記録が保管されている。

人間には、神の文字を見ることはできない。しかし、過去の出来事について神に質問すると、彼らは、図書館に残されている記録を閲覧することによって、その質問に答えてくれる。たとえば七千万年前に起きた巨大な隕石の落下のような、人類が誕生する以前の出来事についても、人間は神から知識を得ることができる。その損石の落下は気候を寒冷化させ、そのために多くの生物が死滅したと神の記録は伝えている。

神は未来に起こるであろう出来事を予見する能力を持っている。したがって、彼らが記録しているのは過去に起こった出来事のみではない。彼らは、自分たちが予見した未来の出来事をも記録に残し、図書館に保管している。

未来の出来事についての記録は、人類が絶滅する時期と原因にも言及している。しかし、その出来事についての記録は、人間に対しては開示されていない。