[第十九話]戦死者

シゲコニアという惑星に生まれた人間の霊魂は、肉体が消滅したのちも存在し続けた。何らかの偉業を達成した人間の霊魂や、非業の最期を遂げた人間の霊魂は、肉体が消滅したのち、超自然的な力を獲得した。

シゲコニアの上に、ルマリトという小さな国があった。その国の人々は、超自然的な力を獲得した霊魂を依代に招き寄せ、それを神殿に祀る、という習俗を持っていた。人々は、神殿に祀られた霊魂を神と呼び、供物を神に捧げ、五穀豊穣や商売繁盛などを神に祈願した。

ルマリトの西の国境線を越えたところに、ガナボミアという国があった。あるとき、ガナボミアの皇帝はルマリトに対して朝貢を要求した。ルマリトの皇帝がその要求を拒絶すると、ガナボミアの皇帝はルマリトの征伐を軍隊に命じた。

ルマリトの軍隊は、国境線を越えて攻め込んできたガナボミアの軍隊を迎え撃ち、激戦の末、敵軍を国境線まで押し戻した。しかし、ルマリトの戦死者の数は敵軍のそれを遥かに上回っていた。

ルマリトの軍隊は首都の一角に新しい神殿を創建した。神職たちは招魂の儀式を執行し、戦死者たちの霊魂を依代に招き寄せた。ルマリトの人々は、その神殿を軍事神殿と呼び、そこに祀られている戦死者の霊魂を英霊と呼んだ。

ガナボミアの皇帝は軍備の増強に力を注ぎ、数年後、ルマリトの征伐をふたたび軍隊に命じた。ガナボミアの軍隊は破竹の勢いでルマリトの防衛線を突破していった。首都の陥落は時間の問題だと誰もが思った。

ルマリトの皇帝は軍事神殿に親拝し、敵軍の撃退を祈願した。すると、英霊たちは神殿の依代から離脱し、ルマリトの兵士たちに憑依した。

兵士たちは英霊が憑依することによって不死身となった。ガナボミアの軍隊は首都を目前にして行く手を阻まれた。戦死者たちの死体を積み重ねた山は日に日に高くなっていったが、それらの死体はすべてガナボミアの兵士たちだった。ガナボミアの司令官は征伐軍に退却を命じた。軍事神殿の神職たちは招魂の儀式を執行した。すると、英霊たちは兵士たちから離脱し、神殿の依代に帰還した。

そののち、ルマリトの皇帝は兵力の増強に力を注いだ。その方針は彼の後継者にも受け継がれ、四代ののちには、ガナボミアの三倍の兵員を保有するに至った。ルマリトの皇帝はガナボミアを自国に併合しようと考え、その隣国に大軍を派遣した。

ガナボミアの軍隊は、兵員数ではルマリトのそれに遠く及ばなかった。しかし、それにもかかわらず、ルマリトの軍隊はガナボミアの防衛線から先へ進軍することができなかった。その理由は、ガナボミアでは科学技術が格段に進歩していたからである。ガナボミアの兵士たちが操る兵器は、一瞬にして多数の敵兵を殺傷する能力を持っていた。ルマリトの司令官が退却を命じたとき、生き残っていた兵士はきわめてわずかだった。軍事神殿の神職たちは招魂の儀式を執行し、戦死者たちの霊魂を神殿の依代に合祀した。

ルマリトの皇帝は、失われた兵力を回復させるとともに、科学技術を発達させることに力を注ぎ、その方針は彼の後継者にも受け継がれた。四代ののちの皇帝は、ふたたびガナボミアへの侵攻を軍隊に命じた。

科学技術はガナボミアにおいても発達を続けていた。ガナボミアの兵士たちは、ルマリトの兵士たちが操る兵器よりも遥かに殺傷能力の高い兵器を使って反撃した。ルマリトの軍隊はガナボミアの防衛線の手前で兵力を消耗させていった。

ルマリトの皇帝は軍事神殿に親拝し、防衛線の突破を祈願した。英霊たちは神殿の依代から離脱し、ルマリトの兵士たちに憑依した。英霊が憑依した兵士は、いかなる兵器による攻撃にさらされても決して死ぬことがなかった。彼らは防衛線を次々と突破し、ガナボミアの首都を制圧した。ルマリトの皇帝はガナボミアの皇宮に入城し、ガナボミアを併合する詔勅を発布した。

軍事神殿の神職たちは、英霊を呼び戻すために招魂の儀式を執行しようとした。ところが、儀式が開始される直前、勅使が神殿に駆け込んできた。彼は招魂の儀式を禁止する勅命を宮司に伝えた。

ルマリトの皇帝は、ガナボミアの西にあるコギセクムスという国の攻略を軍隊に命じた。彼は、英霊が憑依することによって不死身となった兵士たちを使えば、自国の版図をさらに拡大させることができると考えたのである。しかし、英霊たちはコギセクムスへの侵攻よりも軍事神殿の依代への帰還を望んだ。彼らは招魂の儀式を執行してほしいと司令官に訴え、司令官はそれを皇帝に奏上した。皇帝はそれを聞いて逆上し、依代の破壊を軍事神殿の宮司に命じた。

英霊たちは決起した。彼らは軍事神殿を占拠し、依代を管理下に置いた。そして皇宮から皇帝を追放し、宰相を元首とする憲法を公布した。議会は、招魂の儀式を禁止する勅命の効力を失効させる法案を可決した。軍事神殿の神職たちは招魂の儀式を執行した。英霊たちは兵士たちから離脱し、神殿の依代に帰還した。

いつのころからか、軍事神殿は国政神殿と呼ばれるようになった。その理由は、ルマリトの国政が腐敗するたびに英霊たちがその浄化に力を注いだからである。