[第二十一話]検定試験

無限に広がる虚空の中に、天国と呼ばれる平面が浮かんでいた。その平面の上には、シクムスという神が住んでいた。

シクムスは退屈していた。そこで彼は、天使たちから構成される社会を天国に構築しようと考えた。

まず最初にシクムスは、天国よりも百万由旬だけ低い位置に平面を創造し、現世という名前をその平面に与えた。次に、天使の原材料となる人間を創造し、現世に棲まわせた。創造された人間は一組の男女のみだったが、彼らは子供を作り、しだいに数を増やしていった。

すべての人間の肉体には七十年の寿命が設定されていた。人間は、寿命が尽きて肉体の機能が停止すると、その肉体を捨てて霊魂のみの存在となった。肉体を捨てた人間の霊魂は天国に引き上げられ、永遠に朽ちることのない天使の肉体を与えられた。

天使の数はしだいに増加していった。彼らはきわめて整然とした秩序を持つ社会を天国に構築した。シクムスは彼らの社会の頂点に君臨し、社会の中で発生するさまざまな問題に対処することによって退屈を紛らわせた。

個々の天使の間には優劣の差があった。天使の数が少ないうちは、その差はそれほど大きな問題ではなかった。しかし、天使の数が増加するにつれて、それは無視することのできない問題となっていった。なぜなら、優秀ではない天使たちの存在が、社会の秩序を維持する上での障害となったからである。

シクムスは現世よりも百万由旬だけ低い位置に平面を創造し、地獄という名前をその平面に与えた。そして、これ以降は、優秀な人間の霊魂のみを天国に引き上げ、優秀ではない人間の霊魂は地獄に堕す、と人間たちに布告した。

シクムスは天国に引き上げる人間と地獄に堕す人間とを検定試験の点数によって選別した。検定試験は、一年に一度、天国から派遣された試験官によって実施された。十八歳以上のすべての人間はその試験の受験を強制された。試験の満点は百点だった。人間の霊魂は、肉体の寿命が尽きたのち、過去に一度でも五十点以上の点数を取ったことがあるならば天国に引き上げられ、そうでなければ地獄に堕された。また、取得した点数が高いほど、より多くの特権が天国で与えられた。

地獄に堕された人間の霊魂は自分たちを亡者と呼んだ。彼らは地獄にある粗末な材料を使って自分自身の肉体を造った。彼らの肉体は三十年もたたないうちに機能を停止した。彼らは、自分の肉体が機能を停止すると、それを捨てて新しい肉体を造った。

亡者たちもまた、天使たちと同様に自分たちの社会を地獄に構築した。しかし地獄の社会は、天国の社会とは対照的に、流動的で雑然としたものだった。

地獄の社会はほとんど常に独裁者によって統治されていた。独裁者は、きわめて堅固に構築された警察機構を駆使して、亡者たちを監視し、治安を乱そうとする者たちを弾圧した。しかし、いかなる独裁者も、その地位に留まり続けることはできなかった。なぜなら、独裁者の地位は彼の政府の高官たちにとって羨望の的だったからである。地獄の歴史は常に裏切りの歴史だった。

人間たちは天国と地獄がどのような場所であるかということを幼いころから教え込まれた。大多数の人間は天国へ行くことを望んだ。しかし、天国へ行くことができる能力を持っているにもかかわらず、地獄へ行くことを望み、検定試験の答案を白紙で提出する人間も少なくなかった。ミクルナも、そのような人間の一人だった。

ミクルナの両親が結婚したとき、二人のうちのどちらも、それまでに検定試験で取得した点数はすべて五十点未満だった。二人は、天国と地獄に離れ離れになる危険を避けるために、これからは答案を白紙で提出しようと申し合わせた。ミクルナが生まれたとき、二人は、この娘には天国で幸せに暮らしてほしいと望んだ。彼らは娘の教育に対しては投資を惜しまなかった。

ミクルナは両親の期待に応えるために必死で勉強に励んだ。しかし、成長するにつれて、たとえ幸せになることができなくても両親とともに地獄で暮らしたいという気持ちがしだいに大きくなっていった。十七歳になったとき、彼女は、両親が行くことになる地獄へ自分も行く決心をし、それを両親に告げた。両親は思い止まるようにと彼女を説得したが、彼女の決心は揺らがなかった。

ミクルナは地獄を少しでも住み心地のよい場所にしたいと願った。そして彼女は、そのためには整然とした秩序を持つ天国のような社会を地獄に構築しなければならないと考えた。そのような社会を構築することのできる能力を獲得するためには、厖大な量の知識を習得することが必要だった。彼女は検定試験の答案を常に白紙で提出したが、それにもかかわらず、勉強に対する彼女の情熱は誰にも引けを取らなかった。

望みどおりに地獄に堕ちたミクルナは、彼女よりも先に地獄に堕ちていた両親とそこで再会した。彼女が地獄で見たものは、彼女が現世で学んだとおり、圧政の嵐が吹き荒れる恐怖に満ちた社会だった。彼女は、地獄を住み心地のよい場所にするためには社会を作り直す必要があると亡者たちに説いて回った。

ミクルナの言うことはもっともだと思った亡者は少なくなかった。彼らのうちの大多数は独裁者の逆鱗に触れることを恐れて行動には移さなかったが、ミクルナと同様に、天国へ行くことができる能力を持っていながら地獄へ行くことを選択した者たちは、独裁者を恐れなかった。彼らは警察機構の虚を衝いて独裁者を倒し、ミクルナを元首とする政府を樹立した。

すべての亡者が快適に暮らすことのできる社会を地獄に構築するためには、社会の秩序を維持する仕事に従事することのできる優秀な亡者を増やすことが不可欠だった。そこでミクルナは、亡者を対象とする検定試験を実施することにした。その検定試験は、人間を対象とする検定試験とは違って、亡者に受験を強制することはなかったが、多くの亡者がそれを受験した。なぜなら、その検定試験を受験した亡者に対しては、その点数に応じた特権が与えられたからである。

人間たちは、天使たちが交す噂話から、地獄でも検定試験が実施されているということを知った。それ以降、天国による検定試験の答案を白紙で提出する者は年を追うごとに増加していった。シクムスは優秀な人間の多くを地獄に奪われていることに不快感を覚えた。そこで彼は亡者を対象とする検定試験を禁止する法律を制定した。しかしミクルナは、その法律を無視して検定試験を続行した。

シクムスはミクルナを捕縛するために数名の天使を地獄へ派遣した。亡者たちは堅固な城郭を築き、そこにミクルナを匿った。天使たちは天国に戻り、ミクルナの捕縛は困難であるとシクムスに報告した。

シクムスは激怒した。彼は天使たちによる軍隊を編制し、地獄を制圧せよと軍隊に命じた。天国と地獄との戦いは一進一退を繰り返したが、やがて地獄の側が優位に立ち、多くの天使が捕虜として収容所へ送られた。

ミクルナは精鋭たちによる特殊部隊を編制した。その隊員たちは捕虜にした天使の肉体と自分の肉体とを交換した。天使の肉体は隊員たちが天国へ昇ることを可能にした。彼らは天国へ昇り、シクムスの居城の門を叩いた。中にいた天使たちは来訪者が亡者であるとは気づかなかった。門が開くや否や、特殊部隊は城内に乱入した。シクムスは捕縛され、地獄へ護送された。天国と地獄との戦いは、天使たちの降伏によって幕を閉じた。

ミクルナは天国による検定試験を廃止した。そして、これ以降は、現世に住むすべての人間の霊魂を、肉体の機能が停止したのちに地獄に堕す、と人間たちに布告した。