[第二十三話]遺骸

ソテリマという惑星に棲む人間たちは、神はかつては存在していたが、すでに死んでしまっていると信じていた。

『無極書』という古い書物には、ソテリマの人間たちが一柱の神とともに暮らしていた時代の出来事が記されている。人々はその神をコルゴスと呼んだ。彼は山の頂上に磐座を置き、昼も夜もその上に鎮座していた。しかし、そこからまったく動かなかったわけではない。天変地異が発生したときには被災者の救助に奔走し、独裁者の暴政が目に余るときには叛乱の先頭に立ち、他の惑星から侵略者が来襲したときにはそれを撃退した。

『無極書』の巻二十七には、コルゴスの死に関する次のような伝承が記載されている。

あるとき、ある地方で地震が発生し、多数の人間が建物の下敷になった。コルゴスは現場へ急行し、倒壊した建物の中に閉じ込められている生存者を救出すべく、瓦礫の山に穴を掘り進めた。ところがそのとき、規模の大きな余震が発生した。建物はさらに激しく崩壊し、彼が掘り進めていた穴も崩落した。人々は数日後に瓦礫の山から彼を掘り出したが、彼はすでに息絶えていた。人々は彼の磐座のかたわらに彼の遺骸を埋葬した。

『無極書』は、コルゴスが磐座を置いた山の名前を「テムカメテ山」と記している。しかし、『無極書』が編纂された時点ですでに、その山の所在地に関する伝承は失われて久しかった。歴史学者たちはテムカメテ山の所在地をめぐってさまざまな仮説を立てた。しかし考古学者たちは、どの仮説についても、証拠となる出土品を発掘することができなかった。

ミゼルタは小学校の教師だった。彼女が勤めている学校の背後には、ガトラム山という山があった。あるとき彼女は、その山の崩れた斜面で土器の破片を発見し、カナクムという知人の考古学者にそれを見せた。

カナクムは、その土器はきわめて古い時代のものであり、実用品ではなく、何らかの祭祀に使われたものであろうと鑑定した。そして、感謝の祈りをコルゴスに捧げるための宗教施設がガトラム山にあったのではないかと推測した。ミゼルタは、ガトラム山がテムカメテ山である可能性はないかとカナクムに尋ねたが、彼はそれを一笑に付した。

ガトラム山の山頂には一個の巨大な岩があった。ミゼルタは、その岩がコルゴスの磐座なのではないかと考え、その周囲の発掘を開始した。彼女は休日が来るたびに一人で山に登り、少しずつ発掘作業を進めていった。そして遺物が発掘されるたびにそれをカナクムに見せた。

カナクムは、ミゼルタが発掘した金属製の遺物の一つに銘文が刻まれていることに気づいた。その銘文には、その遺物を所有していた人物の名前が含まれていた。その名前は、『無極書』にも事跡が記されている、権勢をほしいままにした皇帝のものだった。

カナクムによって書かれたガトラム山の祭祀遺跡に関する論文は、考古学者たちの間に大きな波紋を投じた。彼らはガトラム山の山頂で本格的な発掘調査を開始した。

半年後、考古学者たちは羨道の入口を発見した。羨道の奥には玄室があり、その中央には石棺が安置されていた。石棺の中で仰臥していた遺骸は人間に似た外観を持っていた。しかし、その組成や構造は、ソテリマに棲む生物とは根本的に異なるものだった。その遺骸がコルゴスのものであることを疑う考古学者は皆無だった。

コルゴスの遺骸は、考古学者のみならず自然科学の研究者たちにとっても興味深い研究対象となった。しかし、その当時の研究者たちが持っていた自然科学の知識では、遺骸を構成している各種の器官がいかなる機能を持っているのかということは、解明することができなかった。それぞれの器官が持つ機能が解明されたのは、遺骸の発見から百数十年後のことだった。

コルゴスの遺骸を構成している器官の一つは、ソテリマの生物が持つ脳に相当するものだった。研究者たちはコルゴスの脳から彼の記憶を抽出しようと試みた。その試みは失敗の連続だったが、数十年に及ぶ試行錯誤ののち、研究者たちは、コルゴスの脳から彼の記憶を抽出する技術を確立した。コルゴスの記憶は、歴史学者たちに史料を提供したばかりでなく、自然科学の発展にも貢献した。自然科学についてのコルゴスの知識は、当時の人間たちを遥かに凌駕していたのである。

コルゴスの脳から記憶を抽出する技術が確立されてから数十年が過ぎた年、宇宙空間を航行することのできる船に関する知識が彼の脳の中に存在することが発見された。技術者たちはその知識にもとづいて一隻の船を建造した。探検家たちはその船に乗り、宇宙の彼方へ旅立っていった。彼らは人間が居住することのできる環境を持つ惑星を次々と発見していった。技術者たちは、移民たちをそれらの惑星へ送り届けるための巨大な船を建造した。

宇宙空間を航行することのできる船に関する知識が発見されてから数十年が過ぎた年、コルゴス自身の肉体に関する知識が彼の脳の中に存在することが発見された。技術者たちはその知識にもとづいて神の試作品を製造した。彼らが最初に試作した神とその次に試作した神は、四足による歩行はできたものの、二足による歩行はできなかった。彼らはコルゴスの知識をさらに解析し、第三の神を二足歩行させることに成功した。そののちも、試作を重ねるたびに神の能力は少しずつコルゴスの水準に近づいていった。第七の神は空を飛ぶことができ、第十五の神はさまざまな形状に変形することができ、第三十一の神は人間と会話を交すことができた。そして、人間たちは神の量産を開始した。

神の量産が開始されてから数十年が過ぎた年、プネクサと名づけられた惑星に降り立った探検家たちは、人間と同等の知能を持つ生物に遭遇した。しかし、その生物が使う言語は探検家たちには理解できなかった。

探検家たちの船には四柱の神が同乗していた。探検家たちはプネクサの生物たちが話す言葉をビクレトという神に聞かせ、この言語が理解できるかと尋ねた。彼はプネクサの生物たちにさまざまな質問を試み、生物たちはそれに答えた。そして彼は少しずつ彼らの言語を解明していった。数日後には、ビクレトに通訳をさせることによって、探検家と生物との間で会話を交すことが可能になっていた。

プネクサの生物たちは遠来の客を歓待した。彼らはさまざまな場所へ探検家たちを案内し、各種の貴重な品々を贈呈した。探検家たちは歓待を受けたことに感謝した。そして、プネクサから去るべき日が来たとき、ビクレトの発案にもとづき、返礼としてプネクサの生物たちにビクレトを贈呈した。ビクレトはプネクサの生物たちとともに飛び立つ船を見送った。

ビクレトは探検家たちの船が碇泊していた場所を見下ろすことのできる山の頂上に磐座を置いた。彼は昼も夜も磐座の上に鎮座していたが、プネクサの生物たちに苦難が降りかかったときは、山から下りて彼らとともにその苦難に立ち向かった。