[第二十五話]門

キナスモ大学は、クダキミアという国の中で最高の頭脳を持つ学者たちを擁する大学として知られていた。

タツリマクは、キナスモ大学理学部神学科の教授に就任した翌年、「理論神学と実験神学」と題する論文を学会誌に投稿した。その論文の中で彼は、「これまでの神学は、ただ単に神に関する問題を理論的に探究することにのみ専心してきたが、これからは実験によって理論を検証することもまた神学における重要な課題となる」と述べた。彼は従来型の神学を「理論神学」、実験によって理論を検証する神学を「実験神学」と呼び、神学の発展には両者の緊密な連繋が不可欠であると主張した。

タツリマクの論文は査読を通過し、翌年の学会誌に掲載された。彼の論文は神学者たちの間に激しい論争を巻き起こした。タツリマクの主張に対して全面的な賛意を表明する神学者はきわめて少数だった。多くの神学者は、神学の理論は絶対的な真理であり、実験による検証は必要性がないと反論した。また、タツリマクの主張は間違ってはいないが、神学の理論を検証するための実験施設を建設するためには莫大な費用が必要であり、実験神学の研究を進めることは予算的に困難である、という意見を述べる神学者も少なくなかった。

キナスモ大学理学部神学科の内部でも、論文が発表された当初は、タツリマクの主張に対して否定的な見解を述べる者が大半だった。タツリマクは同僚たちと粘り強い対話を重ね、実験神学の必要性について理解を求めた。その結果、実験神学を否定する意見はしだいに鳴りを潜めていった。そして、実験施設を建設するための費用を国に対して申請するための準備に協力したいと申し出る教授が、続々と彼の研究室を訪れるようになった。

キナスモ大学理学部神学科は、神学の実験施設を建設する費用を申請するための分厚い書類をクダキミアの学芸省に提出した。学芸省の官僚たちは、その費用があまりにも巨額であることに驚き、当否を裁定する審議会を発足させた。審議会の委員たちによる調査と協議は数箇月に及んだ。その結果として彼らが出した答申は、実験によって神学の理論を検証するための費用を国家予算に計上することは国民の理解を得難く、よって申請は却下すべきである、というものだった。

キナスモ大学の神学者たちにとって、その答申は予測の範囲内だった。神学者たちは、審議会の委員たちによる聞き取り調査の過程においてすでに、自分たちの申請は彼らを首肯させるに足る決め手を欠いていると感じ始めていた。その決め手とは、実利だった。

申請を却下するという一枚の文書が学芸省から送られてきたときにはすでに、キナスモ大学の神学者たちは次年度の申請に向けた準備を開始していた。彼らの目的は依然として実験による神学の理論の検証だったが、彼らが作成した申請書は、神学の理論を応用することによって実利的な研究成果が得られることを強調していた。実利的な研究成果とは、物理学の法則から逸脱した現象、すなわち神学において「奇跡」と呼ばれる現象を人工的に発生させる技術の実用化だった。

申請書を受理した学芸省は、前年度と同様に審議会を発足させた。審議会は調査と協議を重ね、申請された費用の全額を予算に計上すべきであるという答申を出した。

キナスモ大学の神学者たちは、人里離れた山奥の土地を購入し、そこに巨大な実験施設を建設した。彼らは寝食を忘れて実験に没頭し、神学の理論を次々と検証していった。そして彼らは、その成果を学会の大会で発表した。発表が終わると、会場は万雷の拍手に包まれた。実験神学に対して批判的な見解を持つ神学者たちは、沈黙せざるを得なかった。

しかし、キナスモ大学の神学者たちには、まだ大きな課題が残されていた。それは学芸省に提出する報告書の作成である。その報告書には実利的な研究成果が記載されている必要があった。しかし、彼らの研究は依然として理論の検証に留まっており、学芸省の官僚たちを納得させるに足る実利的な成果には到達していなかった。

神学の理論によれば、神は言葉である。その言葉は、時間の流れに沿って解釈される。空間とその内部で発生するあらゆる現象は、言葉である神が解釈された結果として生成される。キナスモ大学の神学者たちが建設した実験施設は、神を読み取る装置と神の一部分を変更する装置から構成されている。神の部分的な変更は、奇跡として発現する。神学者たちは、神学の理論を検証するために、その実験施設を使って小さな奇跡を何度も起こしてきた。しかし、それらの奇跡は、実利とはまったく無縁の現象だった。

キナスモ大学の神学者たちは実験施設の中の一室に集まり、実利的な研究成果が得られたという強い印象を学芸省の官僚たちに与えるためにはどのような奇跡を起こすことが効果的であるかという問題について協議した。神学者たちはそれぞれ自分の案を提示したが、どの案も、提案者以外の賛同を得ることはできなかった。神学者たちは翌日の再集合を議決して散会した。

翌日の会議でも、奇跡に関するさまざまな案が提示された。それらの案は、ただ一つの例外を除いて、提案者以外の賛同を得ることができなかった。その例外とは、タツリマクによって提示された、現世と冥界とを物理的に接続するという案だった。神学者たちは全会一致でその案を採択した。

現状では、現世と冥界との間には形而上の関係のみが存在し、物理的な関係は存在しない。しかし、現世も冥界も、言葉である神が解釈された結果として生成されたものであり、神の一部分を変更することによってそれらを物理的に接続することは可能である。タツリマクは現世と冥界とを物理的に接続する手順書を聖刻文字で起草した。その草稿は神学者たちの間で回覧され、おびただしい修正が書き込まれたのちにタツリマクの手許に戻ってきた。彼はその書き込みを反映した第二稿を作成し、それをふたたび神学者たちの間で回覧した。

手順書の第八稿は、いかなる修正も書き込まれないままタツリマクの手許に戻ってきた。彼はそれを決定稿とし、神の一部分を変更する装置にそれを入力した。入力の作業が完了したのち、彼は神の一部分をその手順書に変更せよと装置に命じた。装置は轟音を発しつつその任務を遂行した。装置が停止すると、実験施設は静寂に包まれた。

タツリマクは、装置の制御卓が置かれている建物から出て、別の建物へ移動した。その建物の全体を占める広い部屋には、すでに神学者たちが集まっていた。彼らは壁に沿って並び、部屋の中央を見つめていた。

神の一部分となった手順書は、現世と冥界とを物理的に接続し、扉のある門をその接合点に立てるように書かれていた。神学者たちが集まった部屋は、その門が置かれる場所だった。彼らは門が出現することになる空間を固唾を呑んで見守った。一時間が過ぎ、二時間が過ぎた。しかし、彼らの目の前にあるのは、依然として何もない空間のみだった。

神学者たちは、建物の外からざわめきが聞こえてくることに気づいた。実験施設は人里離れた山奥にあり、そこにいるのは神学者たちのみのはずである。様子を見るために神学者の一人が建物の外へ出た。彼はしばらく呆然と立ち尽していたが、我に返ると、大声で同僚たちを呼んだ。

神学者たちが見たものは、雲に届くかと思われるほど巨大な門と、そこを通って現世の側へ駆け込んでくる亡者の群れだった。その門に扉はなく、荒涼たる冥界の風景がその奥に広がっていた。亡者たちは一様に歓喜の表情を浮かべ、多くの者が言葉にならない叫び声を発していた。

タツリマクは、この事態を収拾するためには制御卓が置かれている建物へ戻らなければならないと考えた。しかし、彼はすぐに、それが不可能であることに気づいた。なぜなら、冥界の門を構成している巨大な柱のうちの一本は、その建物があった位置に立っていたからである。