[第二十七話]荷物

ガナゾキアという惑星に棲む人間の九割は、クネモル教と呼ばれる宗教を信仰していた。

トグリヌスは、ネケボシアという国に暮らす、クネモル教の敬虔な信者の子供として生まれた。彼は幼い頃からクネモル教の聖職者になることを志し、そのための勉強に余念がなかった。彼の努力は実を結び、彼は二十歳という若さで司祭に叙任された。

トグリヌスはさらに上位の位階に叙任されることを望んだ。彼は昼も夜も勉強を怠ることがなかった。しかし彼は、彼よりも若い者たちに次々と追い越されていった。上位の位階に叙任されるためには知識のみならず上位の者たちに対する阿諛追従と賄賂が必要であるということに気づいたときには、彼はすでに四十二歳になっていた。

トグリヌスは、クネモル教のネケボシア司教区を統轄する教会の門に、聖職者たちの腐敗を糾弾する文書を掲示した。聖職者たちは即座にその文書を剥がし、トグリヌスを破門した。

二十年間の隠遁ののち、トグリヌスは、ネケボシアの首都にあるキマテナという広場に姿を見せた。その日から毎日、彼は決まった時刻に広場に立ち、行き交う人々に教えを語った。

トグリヌスがキマテナ広場で語った教えは、クネモル教とは異なる宗教だった。クネモル教は、クネモルという神を崇拝する者は死後に天国で安楽に暮らすことができ、そうでない者は地獄で永遠の責め苦を受けると説く宗教だったが、トグリヌスは、死後に天国へ行くことができるのはセキテムという神を崇拝する者であると説いた。さらにトグリヌスは、教会や聖職者の必要性を認めなかった。セキテムはあらゆる人間の祈りを聞くことができ、信者たちが集まって儀式をすることにはいかなる意味もないとトグリヌスは語った。人々はトグリヌスが語った宗教をセキテム教と呼んだ。

ネケボシアの大司教は、トグリヌスの教えは邪教であり、彼の説教に耳を傾けてはならぬという声明を出した。しかし、トグリヌスの説教を聴いて感銘を受け、セキテム教に改宗する者は跡を絶たなかった。セキテム教に改宗した者たちの多くは、ネケボシアの各地で広場に立ち、トグリヌスの教えを人々に伝えた。また一部の信者たちは諸外国の人々にセキテム教を伝道するために砂漠や海を渡った。

トグリヌスによるキマテナ広場での説教は、三年間に渡って休むことなく続けられた。彼が最後の説教をした翌日からは、彼が全幅の信頼を置く弟子の一人がキマテナ広場に立った。トグリヌスは隠遁の生活に戻り、その二十年後に天国に召された。

トグリヌスは、自分よりも先に死んだ多くの人々と天国で再会した。そのときまで彼は、天国にいる人間はセキテム教の信者のみだと信じていたが、彼が再会した人々の中には、クネモル教の信者だった彼の両親も、そしてクネモル教の司教や司祭たちも含まれていた。それどころか、生前に無神論を公言してはばからなかった人々さえも天国の住人となっていた。

トグリヌスが天国で再会した人々は異口同音に、天国には死亡したすべての生物が存在しており、したがってクネモル教もセキテム教も正しい教えではなかったと語った。トグリヌスも、それを事実として受け入れざるを得なかった。しかし彼は、セキテムという神が存在するという信念を、どうしても捨てることができなかった。

天国では、太陽が定期的に上空を通過していった。天国の人々は、新しい太陽が出現する方角を東と呼び、太陽の進行方向を西と呼んでいた。死亡した生物が天国に出現する位置は、時間とともに西から東へ移動していった。

トグリヌスは、西に向かって歩いていけば、いつか必ずセキテムに会えるに違いない、と考えた。そこで彼は、生前にセキテム教の信者だった人々にその信念を話し、ともに西へ向かって旅立とうと呼びかけた。信者たちは彼の呼びかけに応えた。

トグリヌスは信者たちを率いて西へ向かった。西へ進めば進むほど、彼らはより古い時代の人々と出会った。それらの人々の中には、クネモル教において聖人として崇敬されている者たちもいた。トグリヌスは、聖人に会うたびに、あなたは今でもクネモルを崇拝しているのかと尋ねた。その質問に対する回答は、否定的なものばかりだった。

時代を遡れば遡るほど、その時代の人々が話す言語とトグリヌスの時代の言語との差異はしだいに大きくなっていった。ほどなくしてトグリヌスは、言語による意思の疎通がまったく不可能な人々が住む地域に到達した。その地域の人々は、トグリヌスに率いられた一団が西に向かって進んでいく様を奇異の目で見守った。

さらに西へ進むと、人間に出会う頻度はしだいに少なくなり、やがて人間とはまったく出会わなくなった。トグリヌスが出会う生物は、進化の過程を逆にたどりながら変化していった。

さらに西の地域では、生物の姿はまったく見ることができなかった。トグリヌスとその一行は、見渡す限り岩と砂だけが広がる大地の上を、太陽の進行方向に向かって黙々と歩いていった。

岩と砂の大地は果てしなく続いていた。トグリヌスは、セキテムの探索を断念して東へ引き返す潮時を見計らう必要があると考え始めた。ところがその矢先、前方の大地に一つの光の点が出現した。信者たちは、あれこそはセキテムに違いないと色めき立った。

近づくにつれて光はその強さを増していった。トグリヌスは、その光源の手前に何かが存在することに気づいた。さらに近づくと、それは、人間の形を持つ巨大な者が台座の上に座っている姿に見えるようになった。

台座の下にまでたどり着いたトグリヌスは巨大な者を見上げ、「あなたはセキテムですか」と尋ねた。

すると巨大な者は次のように答えた。「私は天国を創った者だが、私の名前はセキテムではなくナボゼルだ。お前たちがセキテムと呼ぶ者は、自分を崇拝しない者たちを地獄に堕すそうだが、地獄という場所は存在しない。私が天国を創った目的は、現世での命を失ったすべての生物に安らぎを与えることだ。地獄というものの必要性が私には理解できない」

トグリヌスはその言葉を聞いて落胆した。そしてナボゼルに背を向け、重い足取りで東へ歩き始めた。信者たちも彼を追った。

「待て」とナボゼルはトグリヌスを呼び止めた。「お前が望むなら、お前をセキテムにしてやろう。セキテムとなって、自分の天国を創るがよい。そしてお前を崇拝する者のみをお前の天国に招き入れるがよい」

トグリヌスは何の返答もせず、ふたたび東に向かって歩き始めた。信者たちは、なぜナボゼルの提案を受け入れないのかとトグリヌスに尋ねた。その質問に対してトグリヌスは次のように答えた。「私はただの人間だ。私がセキテムになったとしても、私を崇拝しようと思う者など、誰一人としていないだろう」

信者たちはトグリヌスの言葉に猛然と反論した。そして彼らは、ナボゼルの提案を受け入れるようにとトグリヌスを説得した。トグリヌスは彼らの熱意に動かされ、ナボゼルの提案を受け入れることを決意した。

ナボゼルはトグリヌスをセキテムにした。しかし、セキテムはまだ、天国の創り方を知らなかった。彼はそれをナボゼルに尋ねた。

するとナボゼルは次のように答えた。「私の背後にあるすべての空間をお前に与えよう。しかし、現状ではその空間に大地は存在しない。お前とお前の信者たちは、私の天国から岩と砂を運び出し、それをお前の天国の大地を創る材料とするがよい」

このとき以降、セキテム教の信者は、死んだのちにセキテムの天国へ昇天することとなった。セキテムは彼らに、ナボゼルの天国から自分の天国へ岩と砂を運ぶ仕事を課した。彼らはセキテムから仕事が与えられたことに感激し、嬉々として重い荷物を背負った。