[第三十話]治療

クデナムという神が出現したとき、存在するものは彼のほかに何もなかった。

クデナムは宇宙を創り、その中に恒星や惑星やその他の様々な天体を創った。彼は惑星の一つを選び、様々な種類の生物を創ってそこに棲まわせた。彼が創った生物の種類の一つは、知能が群を抜いて高かった。その種類の生物は自分たちを「人間」と呼んだ。

人間たちには天敵がいなかったので、彼らの個体数は増加の一途をたどった。彼らは惑星上の様々な地域に移住した。それぞれの地域の人間たちは独自の民族を形成し、それぞれの民族は自分たちの国家を建設した。

クデナムはミレトマという民族に所属する人間の一人を預言者として選び、彼に次のような啓示を与えた。

「我はこの天地を創りし神、クデナムなり。汝ら人間はすべからく我を崇拝すべし」

預言者は人通りの多い街角に立ち、クデナムから与えられた啓示を人々に伝えた。ミレトマ民族に所属する人々は預言者の言葉を信じ、クデナムを崇拝した。彼らは、クデナムに対する啓示をミレトマ以外の民族にも伝えるために、あらゆる国々に宣教師を派遣した。

ミレトマ以外の民族に所属する人々は、実在しない神々を崇拝していた。そして、それらの神々は自分たちに幸運を授けてくれると信じていた。彼らは、クデナムの啓示を伝える宣教師に対して、その神はどのような幸運を授けてくれるのかと尋ねた。宣教師はその質問に答える術を知らなかった。

クデナムを崇拝すべしという啓示から五百年が過ぎても、クデナムを崇拝しているのは依然としてミレトマ人のみだった。クデナムはミレトマ人の一人を新たな預言者として選び、「我を崇拝しない者どもの国を武力によって征服し、その者どもに我を崇拝せしめよ」という啓示を預言者に与えた。預言者はその啓示を人々に伝えた。

ミレトマ人の国の王は聖戦に従軍する兵士を募集した。ミレトマ人たちは先を争って兵士に志願した。国王は軍隊を編制し、それを指揮する将軍に対して、「我が国に隣接するすべての国を征服せよ」という勅令を下した。将軍はその勅令を実行に移し、隣接する国々を次々と征服していった。ミレトマ人たちは、占領した地域に住む人々に対してクデナムに対する崇拝を強制した。

ミレトマ人の王は、クデナムに対する崇拝をさらに多くの人々に強制するため、第二次聖戦の計画を立て、軍事力の増強に努めた。周辺の諸国は脅威を感じ、国境の守りを固めた。

第二次聖戦においては、ミレトマ人の軍隊は周辺諸国の防衛線を突破することができなかった。勝機があると踏んだ周辺諸国の将軍たちは敗走するミレトマ軍を追撃し、城や砦を次々と攻め落していった。

第二次聖戦の敗北によって、ミレトマ人は、第一次聖戦で獲得した領土をすべて失った。しかし彼らは、クデナムから与えられた、すべての人間に彼を崇拝させるという使命を、決して忘れることがなかった。彼らは再び軍事力の増強に努めた。

それ以降のミレトマ人の歴史は、勝利と敗北の繰り返しだった。聖戦に勝利したときは占領した地域の人々にクデナムに対する崇拝を強制し、敗北したときは多くの領土と人命を失った。

ほとんどすべてのミレトマ人は、聖戦は自分たちの義務であり、戦場で命を落すことは名誉の極みであると考えていた。しかし、きわめてわずかではあるが、聖戦を忌避する者たちも存在した。そのような者たちの一部は、家族との縁を絶ち、山奥に自分たちの村を作り、畑を耕して自給自足の日々を送った。

ガリナスマも、聖戦を忌避する人々の村に加わった者たちの一人だった。彼女は人間が持つ精神の可能性を探求することに関心を持っていた。彼女は、昼間は仲間とともに畑仕事に汗を流し、夜は自室で修行に専念した。彼女が最も重視した修行は瞑想だった。瞑想は彼女の精神を各種の妄念から解放した。

七年後には、ガリナスマは自身の精神を肉体の外へ拡張し、彼女の周囲に存在する岩や川や樹木などを精神によって認識することができるようになった。彼女はさらに修行を続け、七年後には、精神によって認識することのできる範囲をミレトマ人の国の全土にまで拡張した。彼女はミレトマ人たちの精神に侵入し、クデナムによる彼らの精神の束縛がいかに深刻なものであるかということを知った。その事実は彼女に深い悲しみを与えた。

ガリナスマはさらに修行を続けた。彼女が精神によって認識することのできる範囲は、七年後には彼女が住む惑星の全体にまで広がり、さらに七年後には宇宙全体にまで広がった。

ガリナスマはさらに修行を続けた。その結果、彼女が精神によって認識することのできる範囲は、宇宙の外にまで拡張された。その範囲の中には、宇宙を創造した神、すなわちクデナムも含まれていた。

クデナムの精神に侵入したガリナスマは、彼が真に望んでいることはすべての人間に自分を崇拝させることではないということを知った。彼が真に望んでいるのは、ミレトマ人の聖戦によって人間たちが壮絶な戦死を遂げる光景を永遠に眺め続けることだった。彼女はクデナムのそのような嗜虐的な性向に対して深い憐れみを覚えた。

ガリナスマはクデナムの心を癒したいと望んだ。しかし、彼女はまだ、そのために必要な知識を持っていなかった。そこで彼女は、臨床心理学を専門とする学者たちの精神に侵入し、彼らから知識を吸収した。そしてクデナムの嗜虐性を治療するためにその知識を応用した。

クデナムは当初、ガリナスマによる治療を快く思わず、彼女が自分の精神に侵入することに激しく抵抗した。しかし、ガリナスマは諦めることなく治療を続けた。その結果、クデナムは少しずつ彼女に心を開き、治療に協力するようになった。

ガリナスマによる治療の開始から七年が過ぎたある日、クデナムは、「二千年ぶりにミレトマ人の預言者に啓示を与えんと思うが、汝はいかに思うや」とガリナスマに尋ねた。

ガリナスマは、「それは、ミレトマ人たちにとっても、あなた自身にとってもよいことだと思います」と答えた。

クデナムはミレトマ人の一人を預言者として選び、彼に次のような啓示を与えた。

「クデナムは死せり。我はクデナムの死骸より生じたる新しきクデナムなり。我は我に対する汝らの崇拝を望まず。これより汝らは、ガリナスマに教えを請い、彼女の教えを奉じて生きよ」

預言者はその啓示を人々に伝えた。聖戦を忌避する人々の村に通ずる道には、ガリナスマの説法を聴こうとするミレトマ人たちの長い行列ができた。ガリナスマは人々に、人間の幸福は神を崇拝することによってではなく、正しい生き方によって得られるものであると説いた。

ガリナスマが八十歳で入滅したのち、人々は彼女の教えを記した数々の経典を編纂した。それらの経典は、ミレトマ人のみならず、他の民族に所属する人々にも伝えられ、彼らの思想に大きな影響を及ぼした。