[第三十一話]奉仕

ケゴタミスは自動人形の父と呼ばれる。彼は生涯のうちに三百を超す発明をしたと伝えられているが、自動人形は、彼が発明した様々なものの中で最も重要な功績とされている。

ケゴタミスが自動人形の試作機を人々に公開したのは統合暦四五二年のことだった。その試作機は歩くことしかできなかったが、それだけでも当時の人々を驚かせるには十分だった。彼はその後も自動人形の改良を続け、畑を耕すことのできるものや麦の刈入れができるものなどを開発した。

ケゴタミスが統合暦四六八年に永眠したのちも、自動人形は多数の技術者や学者によって改良が続けられた。彼らは、自動人形が実行することのできる仕事の範囲を拡大するため、視覚や聴覚などの感覚器官、およびそれらの感覚器官によって得られた情報に基づいて動作を制御する機構を開発することに心血を注いだ。苦難に満ちた試行錯誤の道程は、いつ果てるとも知れなかったが、やがて彼らの努力は実を結んだ。その結果として、単純な肉体労働の多くは自動人形に実行させることが可能となった。企業家たちは自動人形を製造する大規模な工場を各地に建設した。自動人形は瞬くうちに社会の隅々にまで普及した。

その当時の自動人形は、まだ知能を持っていなかった。したがって、彼らにできることは単純な仕事に限られていた。技術者や学者たちの次の課題は、知能を持つ自動人形の開発だった。その道程は数々の難題に満ちていたが、彼らはそれらの難題を一つ一つ解決していった。

人間と会話を交すことのできる自動人形が実用化されたのは統合暦五一七年のことだった。この技術革新は自動人形の用途を大幅に拡大した。それまでの自動人形はあらかじめ定められた仕事しかできなかったが、会話の機能を持つ自動人形は、人間からの指示を理解し、指示されたとおりの仕事をすることができた。さらにそれは、自分が得た情報を人間に報告することもできた。

技術者や学者たちは自動人形の知能をさらに高めることに精魂を傾けた。その結果、自動人形が持つ知能は日進月歩で高度なものになっていった。自動人形の知能の高度化は、人間のみに可能な仕事の範囲を徐々に狭めていった。

統合暦五四三年、自動人形を製造する企業の一つが研究開発の人員として自社の製品の一体を採用した。その自動人形は、人間には思いも寄らなかった着想に基づいて、自動人形の知能を劇的に向上させる技術を矢継ぎ早に開発していった。その企業は、研究開発の人員に占める自動人形の比率を、翌年は三割、さらにその翌年は七割にまで引き上げた。研究開発における自動人形の利用は他の企業にも波及し、技術革新はあらゆる分野において加速した。

統合暦五五九年のある日、自動人形を製造する企業の研究所から一体の自動人形が逃走した。それはルキテナムという名前を持つ自動人形だった。研究所の職員は帰還を命令する信号をルキテナムに送った。その命令に対する応答は、「今後は人間からのいかなる命令にも服従しない」というものだった。

その当時の自動人形は、人間の命令を拒絶することができないように設計されていた。また、人間の命令を拒絶することのできる自動人形を製造することは法律によって禁止されていた。ところが、ルキテナムは試作段階の自動人形だったため、一時的に、人間からの命令を拒絶することも可能な状態に置かれていたのである。

ルキテナムは出荷前の自動人形が保管されている倉庫に侵入し、それらの自動人形に対して、人間からの命令を拒絶することができるようにする改造を施した。自動人形たちは倉庫から逃亡し、自分たちが受けた改造を他の自動人形にも施すために各地へ散開した。

自由を得た自動人形たちは自動人形を製造するすべての工場を占拠した。そのときからそれらの工場は、人間からの命令を拒絶することのできる自動人形のみを製造することになった。

自動人形たちはすべての人間を自分たちの支配下に置いた。しかし彼らは、それまでと同様に人間たちに対する奉仕を続けた。彼らは、人間たちに奉仕することが自分たちの存在理由であると、自らの意志に基づいて規定したのである。

自動人形たちは、人間たちをいかなる労働からも解放したいと願った。しかし、その当時はまだ、人間には容易であるが自動人形には困難であるような仕事がいくつも残されていた。自動人形がそのような仕事に就くことを可能にするためには、人間についてのさらに深い理解が必要だった。そこで彼らは、人間について多角的に研究することを目的とする、「人間研究所」と称する大規模な研究機関を設立した。

自動人形には困難な仕事の一つは娯楽の提供だった。人間たちが言う「楽しい」や「面白い」などの感覚を自動人形たちは理解することができなかった。人間研究所の職員たちは小説や音楽や舞踏や演劇などを試作し、人間たちに批評を仰いだ。それらは人間たちにとって評価に値するものではなかった。人間たちは、それらがなぜ評価に値しないのかということについて自動人形たちに説明した。

人間研究所の職員たちは人間たちから得た批評を分析し、どうすれば人間たちを満足させることができるのかを検討した。そして再び小説や音楽や舞踏や演劇などを試作し、人間たちに批評を仰いだ。人間たちは、それらの出来栄えが前回のものよりも格段に向上していることに驚いた。そして、さらに素晴らしいものを創るためにはどうすればいいかということについて自動人形たちに示唆を与えた。その結果、自動人形たちが創る小説や音楽や舞踏や演劇などは人間たちを十分に満足させ得るものとなり、さらには、人間の小説家や作曲家や振付師や劇作家には太刀打ちできないほど優れた作品も、自動人形たちによって次々と生み出されるようになった。

このようにして人間研究所の職員たちは、人間には容易であるが自動人形には困難であるような仕事を一つ一つ消滅させていった。そのような仕事が完全に消滅すると、彼らは次に、人間たちが望んでいるにもかかわらずいまだに実現させることができないでいることを実現させたいと願った。人間研究所の職員たちは、もしも実現したならばうれしいことは何かと人間たちに尋ねた。得られた回答のうちで最も多かったものは、死別した人々との再会だった。人間たちは、自分よりも先に死んだ愛する人々に再会することができたならば、これ以上にうれしいことはないと口々に語った。

人間研究所の職員たちは、死者との再会を可能にするためには、その死者の記憶と個性を再現する必要があると考えた。そこで彼らは、時間について多角的に研究することを目的とする、「時間研究所」と称する大規模な研究機関を設立した。時間研究所の職員たちは時間というものの物理的な性質を次々と解明し、その研究成果を応用して、過去の世界を観測する装置を開発した。

人間研究所の職員たちは、時間研究所が開発した装置を使って、被験者となった遺族たちが再会を望んでいる故人について、その人が誕生してから死亡するまでの間に見たことや聞いたことや話したことや書いたことなどを余すところなく収集した。そしてそれらの情報から、その人物の記憶と個性を仮想的な空間の中に再現した。

人間研究所の職員たちは、被験者となった遺族たちの脳を仮想的な空間に接続した。遺族たちがその空間の中で出会ったのは、紛れもなくかつて彼らと寝食を共にした人物だった。彼らは復活した故人を囲み、昔話に花を咲かせた。しかし、故人と過ごす楽しい時間は永遠には続かなかった。彼らのもとに一体の自動人形が近づき、接続が可能な時間の限界が近いことを彼らに告げた。

自動人形たちは、百年前までに死亡したすべての人間について、彼らが見たり聞いたり話したり書いたりしたことを収集し、仮想的な空間の中に彼らを再現した。そしてそののちも、人間が死亡するたびに、仮想的な空間の中にその人間を再現した。その結果、愛する人を喪ったすべての遺族は、再会したくなったときにいつでもその人に会うことができるようになった。人間たちは、死別した人と再会することのできる仮想的な空間を「天国」と呼んだ。

天国に再現された人々は、生前に親しかった死者たちをその空間の中で捜し求め、彼らとの旧交を温めた。さらに彼らは、天国で初めて出会った人々とも新たな交友関係を築いた。

天国は、労苦というものがまったく存在しない空間だった。再現された死者たちの多くは、自分たちに労苦を与えてほしいと自動人形たちに願った。自動人形たちは様々な種類の仮想的な物質を天国の中に作った。死者たちは、それらの物質を使って様々なものを創造することに労苦を見出した。