[第三十三話]宝剣

グメタルス島は、ムゼカ大陸から東に三千里離れた洋上に位置する孤島である。この島の存在は、カロデクスという探検家によって発見されるまで、文明国に住む人々の誰一人として知る者がいなかった。

探検に必要な船と船員をカロデクスに提供したのは、サクミドナという国の国王だった。探検を終えたカロデクスは大洋の彼方での見聞を一冊の書物にまとめ、それを国王に献上した。グメタルス島は、その書物の中で次のように述べられている。

「島の西側には高い山が聳えているが、東側には広い平地があり、そこには原住民の集落と畑と牧草地がある。原住民の人口は数百人である。彼らが話す言葉は我々には理解できない」

その後、グメタルス島はサクミドナが領有することとなった。サクミドナの国王は様々な分野の学者たちから構成される調査隊をその島に派遣した。

グメタルス島に派遣された調査隊には、民族学者たちも含まれていた。グメタルス島の島民が持っている民族学的な特質のうちで民族学者たちを最も驚嘆させたものは、島民たちの間で語り継がれてきた神話だった。それは、無数の枝分れを持つ複雑な物語であり、他の民族の神話との間には、いかなる系統的な類縁関係も認められなかった。

陸地というものが存在しなかった遠い昔に、陸地の試作品として大洋の中央に神々が造った島がグメタルス島である、とその島の神話は述べている。神々は、その試作品に問題がないことを確認したのち、大陸を含むその他の島々を造った。そして様々な植物と動物を創造し、海と陸地にそれらを棲まわせた。

さらに神々は、自分たちに似せて人間を創造し、彼らに知恵を与えた。数千年の間、神々と人間は互いに助け合って暮していた。しかし、人間たちは徐々に高慢となり、神々のみに許された領域を侵そうと試みた。神々は人間たちを罰するために蝗を大量に発生させた。それらの蝗は農作物を食べ尽し、多くの人間を餓死させた。その災厄を生き延びた人々は神々に対する反撃を開始した。

神々と人間たちとは戦力が拮抗しており、両者の戦いは始まって間もなく膠着状態となった。しかし、人間たちは殺傷力の高い武器の開発を進め、膠着状態を打開した。劣勢となった神々は人間たちに敗北を表明し、天上にある彼らの世界へ撤退した。

セモラとムゲルが出会ったのは、神々と人間たちとの戦いが膠着状態にあった時代のことである。セモラはうら若き女神であり、ムゲルは人間の青年だった。彼らは生涯の伴侶となることを互いに誓い合った。しかし、神と人間との婚姻は人間が創造された当初からの禁忌であり、彼らの婚姻は神々からも人間たちからも祝福されなかった。

神々が天上の世界への撤退を決断したとき、セモラの両親は、娘とともに天上の世界へ行くことを望み、彼女をムゲルから強引に引き離そうとした。女神と青年は彼女の両親から逃れ、その当時はまだ無人島だったグメタルス島に身を潜めた。彼女の両親は娘を捜し出すために八方手を尽したが、見つけ出すことはできず、彼女を地上に残したまま他の神々とともに天上の世界へ去っていった。

グメタルス島の島民たちは、自分たちはセモラとムゲルの子孫であると信じている。そして、自分たちの間に生まれてくる子供は、そのほとんどすべてが人間であるが、数百人に一柱の割合で神が生まれてくると信じている。生まれてきた子供は、その瞳の色によって人間であるか神であるかを判定される。黒い瞳を持つ子供は人間と判定され、菫色の瞳を持つ子供は神と判定される。

神が生まれてきた場合、島民たちはその子供を、十歳になるまでは人間の子供と同じように育てる。しかし、神は十歳の誕生日に殺害され、その肉は島の長老たちによって食される。神を殺す理由は、十歳を超えて成長した神は人間にとっての災いになると信じられているからであり、神の肉を食する理由は、そうしなければ神は死から蘇ると信じられているからである。

島民たちは民族学者たちを、七年前に生まれた神が暮している民家へ案内した。その神はテムナという名前の女の子だった。彼女の両親も彼女の兄弟や姉妹たちも黒い瞳を持っていたが、彼女の瞳だけは菫色だった。

民族学者たちはグメタルス島の島民に関する報告書をサクミドナの国王に提出した。国王は、十歳の子供を殺害してその肉を食するという野蛮な風習を黙認することはできないと考え、その風習を廃止せよという勅令を発布した。王宮から派遣された勅使は、グメタルス島の族長にその勅令を通達した。族長は島民たちを広場に集め、勅令を自分たちの言語に翻訳したものを読み上げた。

テムナは、十歳の誕生日を迎えたのちも、それまでと同様の生活を続けた。しかし、彼女が成長するにつれて、彼女が自分たちにとっての災いになるのではないかという島民たちの不安は増大していった。彼女を暗殺しようと試みる者は跡を絶たなかった。しかし、そのような試みはことごとく失敗に終わった。なぜなら、それらの暗殺者たちは神を殺害することのできる武器を所有していなかったからである。

グメタルス島の族長は、就任に際して、バルミテムスと呼ばれる一振りの剣を先代の族長から承継する。この宝剣の鞘を払い、十歳の誕生日を迎えた神の首を刎ねることは、族長に課せられた職務の一つだった。

バルミテムスは、許されざる恋に落ちた女神と青年が島に渡ってきたとき、その青年が携えていたと伝えられる剣である。神々と人間たちとが戦っていた時代には、人間たちは、神を殺害することのできる武器を製造する技術を持っていた。しかし、その技術は後世には伝わらず、当時の武器もしだいに失われていった。神を殺害する能力を持つ武器のうちで現存するものとしては、バルミテムスが唯一のものだった。

グメタルス島の島民たちは、テムナによる災いを未然に防ぐため、バルミテムスを使って彼女を殺害してほしいと族長に直訴した。しかし族長は、テムナによる災いよりも、勅令に背くことによってサクミドナの国王の逆鱗に触れることを恐れた。そこで彼は、テムナを殺害するのではなく、サクミドナの王都にある学校に彼女を留学させることにした。国王も彼女の留学を歓迎し、王宮の一室を宿舎として彼女に提供した。

テムナは様々な知識を貪欲に学習したが、彼女が特に関心を示したのは自然科学の分野だった。中等教育を修了したのち、彼女は大学に進学し、そこで物理学を専攻した。その二年後には、物理学に関する彼女の知識は大学の教授たちと同じ水準に達していた。そしてさらに二年後、大学は彼女に学位を授与し、同時に彼女を教授に任命した。そののち彼女は、物理学に革新をもたらす論文を矢継ぎ早に発表していった。

技術者たちは、テムナが構築した理論を応用することによって、有用な工業製品を次々と開発していった。文明国に住むすべての人間たちの生活は、それらの製品によって、より便利でより快適でより楽しいものに変化していった。

テムナが教授に任命されてから七年が過ぎた年、彼女は国王に謁見し、自身の教授の任を解き、グメタルス島の族長に任命してほしいと願い出た。国王は彼女の才能を惜しみ、大学に留まるように説得したが、彼女を思い止まらせることはできなかった。彼は、テムナをグメタルス島の族長に任命するという勅令を発布した。その勅令はグメタルス島の長老たちを憤慨させた。なぜなら、グメタルス島の伝統では、族長の人選は長老たちの専決事項だったからである。しかし、長老たちといえども、国王の勅令に異を唱えることはできなかった。

族長の就任式はテムナの三十歳の誕生日に盛大に挙行された。彼女は、長老たちが見守る中で、二十年前に彼女の首を刎ねるために使われるはずだった宝剣を先代の族長から承継した。その儀式が終了したのち、彼女は広場へ向かった。広場は、彼女の演説を聴き逃すまいと思った島民たちが集まり、立錐の余地もなかった。演説の中で彼女は、島を訪れる観光客を増加させるという施政方針を表明した。そして、空港や宿泊施設の建設、古代祭祀遺跡の整備、廃絶していた祭儀の復興、民芸品の大量生産、景観の保全などの具体的な計画を列挙した。

テムナは、族長に就任した翌日から、観光客を増加させる計画を実現させるために東奔西走した。数年後には、グメタルス島は全世界の人々に観光地としてその名前を知られるようになり、島民たちの生活は、それ以前とは比べ物にならないほど経済的に豊かなものとなった。神を生かしておくと人間にとって災いになるという主張は、少しずつ影を潜めていった。

テムナは自らも大規模な宿泊施設の所有者となり、巨万の富を築いた。彼女は宿泊施設の運営によって生じた純利益を一隻の船の建造に投入した。テムナが建造した船は、完成した翌日、無人のまま音もなく空中に浮上し、宇宙の彼方を目指して飛び去った。

その三年後、テムナが建造した船はグメタルス島に音もなく舞い戻った。その日、宇宙から飛来した船はその一隻のみではなかった。全世界の人間は、無数の巨大な船が大地に降下するのを目撃した。それらの船は低空を飛行しつつ、武装した機械を次々と大地に投下していった。それらの機械は大地を歩き回り、逃げ惑う人間たちを容赦なく殺害していった。その虐殺が終了したのちに生き残っていたのは、グメタルス島の島民と、そのとき島に滞在していた運のよい観光客のみだった。

テムナは、グメタルス島の族長を辞任すると長老たちに通知した。そしてバルミテムスを携え、自身が建造した船に乗り込んだ。船は音もなく上昇し、蒼穹の彼方へ飛び去った。

長老たちは族長の後任を選定するとともに、就任式の準備を開始した。就任式にはバルミテムスが必要だったが、それが戻ってくると期待することはできなかった。長老たちは、島で最も腕が立つと目される鍛冶屋のもとを訪れ、宝剣の模造品を造ってもらいたいと彼に依頼した。