[第三十七話]斬首

マチモリカという国では、魔女と呼ばれる女性たちが、社会にとって必要不可欠の存在とみなされていた。

魔女とは、魔法と呼ばれる超自然的な技術を駆使することによって人々の様々な問題を解決するという職業に従事する女性のことである。魔法は、通常の手段では解決することができない問題の多くを解決することができる、きわめて有用性の高い技術である。魔女たちが依頼人に対して要求する報酬は決して安価とは言えなかったが、自分が抱えている問題が解決されるならば高額の出費も厭わないという者は少なくなかった。

マチモリカの神話の中には、魔女たちが使う魔法の来歴について語る次のような一節がある。

「神々と人間との関係がまだ疎遠ではなかった時代、神々は、様々な魔法を使うことによって人間たちを驚かせたり楽しませたりしていた。神々が使う魔法に関心を抱いた人間たちは、それを伝授してもらいたいと神々に願った。神々は惜しむことなくその技術を人間たちに伝授した。ところが、人間の女性たちはそれほど苦労することなくその技術を習得することができたのに対して、人間の男性たちは、いくら修行を積んでも一向にそれを使うことができるようにならなかった」

古代においては、魔女は徒弟制度によって養成されていた。すなわち、魔女を志す少女たちは、年配の魔女の家に住み込み、家事などの雑用のかたわら魔法の腕を磨いたのである。しかし、交差暦六世紀ごろから、マチモリカの各地に魔法学校が設立され始め、魔女を養成する手段は徒弟制度から学校教育へ徐々に移行していった。また、魔法学校は、単なる教育機関であるに留まらず、魔女たちの活動の拠点としての地位をも獲得することとなった。

マチモリカから三千里を隔てた地にコデトキナという国があった。その国では、古来より多数の神々が崇拝の対象となっていた。しかし、交差暦四世紀にスナクムという一柱の男神のみを崇拝する宗教が勃興し、それ以降、彼以外の神々を祀る神殿はしだいに荒廃していった。その宗教の熱狂的な信者たちはコデトキナを取り巻く諸国を遍歴し、スナクムの威徳について宣べ伝えた。周辺諸国の人々は彼らが布教する宗教をスナクム教と呼んだ。

スナクム教の教義の中で、スナクムは、より偉大な神へと少しずつ変貌していった。スナクム教が勃興する以前は、彼は薬種商たちの守護神にすぎなかった。しかし、初期のスナクム教においては、彼は神々の王であるとされた。交差暦五世紀には、彼以外の神々は彼が生み出した幻影にすぎないとみなされるようになり、交差暦六世紀には、彼は全知全能であり、世界を創造した者は彼であるという教義が信じられるようになった。

コデトキナは交差暦七世紀にガニバという帝国に併合された。コデトキナの人々は帝国の隅々にまでスナクム教の宣教師を派遣した。宣教師たちが宣べ伝える教えは少しずつガニバの人々の間に浸透していった。交差暦九世紀初頭にガニバの第三十四代皇帝に即位したトクミヌスは、自らスナクムに帰依し、スナクム教をガニバの国教と定め、スナクムを祀る巨大な神殿を帝都ガニバクザに建設した。

トクミヌスは帝国の版図を拡張することに執念を燃やした。彼は周辺の諸国に征討軍を進軍させ、それらの国々を次々と併合していった。彼ののちに皇位を継承した歴代の皇帝たちも、版図の拡張を最優先の課題とする彼の方針を踏襲した。彼らは、新たな領地を獲得するたびに、その領地に建つ宗教施設を徹底的に破壊し、それらの跡地にスナクムを祀る神殿を建設し、それらの神殿での礼拝をその領地の人々に強要した。

ガニバの版図は拡大を続け、交差暦一〇一四年にはマチモリカを併合するに至った。ガニバの第四十一代皇帝であるムルモキヌスは、クダキムスという官吏をマチモリカの総督に任命した。総督府とするために接収されたかつての王宮に入城したクダキムスが総督府の官吏たちに最初に発した命令は、自身が皇帝から預かった領地に建つすべての宗教施設を破壊し、それらの跡地にスナクムを祀る神殿を建設せよ、というものだった。官吏たちは徴用した人夫たちを指揮し、神々を祀る神殿を次々と破壊していった。そして、帝国の建築界に君臨する老練な建築家たちによって設計された重厚な神殿をその跡地に建設していった。

魔法学校は破壊の対象となる宗教施設に該当するか否かという判断を部下から求められたとき、クダキムスはまだ魔女と呼ばれる女性たちの存在を知らなかった。魔法学校とはいかなる施設なのかということについて調査せよと彼は部下に命じた。その調査の報告によって魔女と呼ばれる女性たちの存在を知った総督は、彼女たちの存在を許すことはスナクム教の教義に抵触すると考え、彼女たちを捕えて投獄するとともに魔法学校を破壊せよと部下に命じた。

総督府の官吏たちはすべての魔法学校に治安部隊を差し向けた。しかし、彼らが到着したときにはすでに、それらの学校に魔女たちの姿はなかった。彼女たちは、クダキムスが自分たちの捕縛を官吏たちに命じたことを即座に察知し、魔法学校を放棄していたのである。彼女たちは辺境の深い森の中に要塞を築き、その周囲に結界を張った。

クダキムスは魔女たちを捕縛するために大量の兵士を動員した。彼らはマチモリカの隅々にまで捜査の網を広げた。魔女たちが潜む辺境の森もその例外ではなかった。しかし、兵士たちの誰一人として、そこに魔女が潜伏していることに気づく者はいなかった。なぜなら、魔女たちによって張られた結界が作り出す偽りの岩壁が、その内側にある彼女たちの要塞を兵士たちの目から隠していたからである。

クダキムスは、大量の兵士を動員しているにもかかわらず一人の魔女さえも捕縛することができないのは、魔女たちが一般人の中に紛れ込んでいるからであろうと考えた。そこで彼は、潜伏している魔女についての情報を提供した者に対して高額の褒賞金を支払うという高札を主要な街の広場に掲げよと官吏たちに命じた。その高札を見た人々の中には、褒賞金に目がくらみ、虚偽の情報を提供する者たちも少なからず存在した。官吏たちは、それらの虚偽の情報にもとづき、十二名の女性を捕縛して投獄した。彼女たちのうちで魔女である者は一人もいなかったが、苛酷な拷問によってほとんどの者が無実の罪を自白させられた。

魔女たちの意思決定機関である評議会の会議は、投獄された女性たちを救出すべきか否かをめぐって紛糾した。三日に及ぶ激論の末、評議員たちは、総督に敵対する行動は得策ではなく、したがって無実の女性たちが投獄されている件については事を荒立てずに静観するという方針を決議した。

評議会が下した決議に対して強い憤りを感じた魔女は少なくなかった。ケミレミナもそのうちの一人だった。たとえ評議会を敵に回すことになったとしても、投獄されている女性たちは自身の手で救出しよう、と彼女は決意した。彼女はムルモキヌスの勅書を偽造し、自ら勅使に変装してそれをクダキムスに手交した。勅書には次のような勅命が記されていた。「魔女どもは帝都において公開処刑とする。速やかにその者どもを帝都へ護送せよ」

魔女として捕縛された女性たちを乗せ、武装した兵士たちに囲まれた馬車は、皇城のあるガニバクザに向けて出発した。マチモリカと帝都との間には峻険な山岳地帯があった。女性たちを護送する部隊がそこで野営したとき、ケミレミナは兵士たちを深い眠りに誘い、囚人たちを乗せた馬車を奪取し、魔女の要塞へ運び入れた。魔女の評議会は会議を招集し、無実の女性たちを要塞で保護すること、そして評議会の決議に違反した魔女に禁錮刑を科すことを決議した。

クダキムスは、魔女どもを帝都へ護送せよという勅命が魔女による計略だったことを知って激怒した。彼は、魔女ではないかという嫌疑が少しでもある者は捕縛して投獄せよと官吏たちに命じた。魔女の評議会は会議を招集し、総督の怒りを鎮めるため、ケミレミナを官吏に引き渡すことを決議した。

総督府に連行されたケミレミナは、囚人たちの奪取は自身の独断による犯行であり、魔女の総意にもとづくものではないと総督の前で証言した。総督は、ケミレミナを斬首に処すべしと命ずる命令書に署名した。

総督府の前の広場に据えられた処刑台の上で、死刑執行人はケミレミナの首を刎ねた。その直後、広場に集まったすべての人々は、斬り落された魔女の首が次のように叫ぶのを聞いた。「覚えておくがよい。我は必ずや怨霊となり、魔女に向って弓を引く者どもを呪い殺すであろう」

ケミレミナは、自身が予告したとおりに怨霊となった。彼女は、自身が持つ強大な怨みの力を揮い、全身を蝕む病気をクダキムスに授けた。総督がもがき苦しんで泣き叫ぶ声は総督府の官吏たちを震撼させた。

処刑された魔女の怨霊がマチモリカの総督を苦しめているという報告は、ムルモキヌスの耳にも達した。皇帝は激怒し、マチモリカの住民の速やかなる殲滅を皇軍に命じた。血に飢えた兵士たちの大軍は地響きとともにマチモリカを目指した。しかし、彼らのうちの誰一人として目的地に到達した者はいなかった。なぜなら、ケミレミナが山を崩し、大地を引き裂き、海を溢れさせることによって、彼らの行く手を阻んだからである。

ケミレミナは、マチモリカの人々を守るため、ムルモキヌスを深い昏睡状態に置いた。廷臣たちは事態を収拾するために鳩首して対策を練った。一刻も早く魔女たちと和解する必要があるという点で彼らの意見は一致していた。彼らはマチモリカの総督による魔女の弾圧について謝罪するとともに、帝国の領土における魔女の自由な活動を保証する法律を発布した。

魔女たちとの和解が成立したのち、帝国の廷臣たちは、怨霊となったケミレミナの怨みを鎮めてほしいと魔女たちに懇願した。その依頼に対して魔女の評議会は、そのためには鎮魂の儀式を執行するための神殿を準備してもらう必要があると回答した。廷臣たちは、帝都に鎮座するスナクム教の大神殿を魔女たちに明け渡した。

魔女たちは大神殿において、その奥殿に鎮まるスナクムに対して天上への還御を要請する儀式、ケミレミナを招魂する儀式、そして彼女の怨みを鎮めるための儀式を執行した。その結果、彼女が持っていた強大な怨みの力は、人間の願いを叶える力に転化された。

昏睡状態にあったムルモキヌスは意識を取り戻した。廷臣たちは皇帝が昏睡状態にあった間の出来事を彼に報告した。皇帝は彼らの処置が適切なものであったと認め、彼らに褒賞を取らせた。さらに皇帝は、ケミレミナを崇拝する宗教を帝国の国教とすることを定めた詔書を公示し、帝国の版図にあるすべての神殿に対して、祭神をスナクムからケミレミナに変更せよという勅命を通達した。

魔女たちは、帝都ガニバクザに魔法学校を設立することを許可してもらいたいとムルモキヌスに願い出た。皇帝は、設立の許可を彼女たちに与えるとともに、ケミレミナを祀る帝都の大神殿に隣接する広大な土地を学校の用地として彼女たちに下賜した。魔女の評議会は、帝都に設立する学校の名称をガニバクザ魔法学校とすることを決議した。

新進気鋭の建築家によって設計された気品のある校舎が竣工し、ガニバクザ魔法学校が開校したのは、交差暦一〇二八年のことである。その年、魔法学校の入学試験を受験するために帝国の全土から帝都に集まった少女たちの数は、定員の三十倍を超えた。