[第四十八話]大量生産

ソブメナはきわめて美しい惑星である。そこには海があり、大陸があり、無数の島々があった。

ソブメナには様々な種類の植物が繁茂し、様々な種類の動物が跋扈していた。動物たちのうちで最も知能の高い種類の者たちは、言語を操り、道具を作り、文化と文明を築いた。彼らは自らを「人間」と呼んだ。

遷都暦紀元前三世紀のある日、ミカネブラという村で、穀物の倉庫に潜んでいた一匹の動物が村人たちに捕えられた。それは、彼らがいまだかつて見たことのない動物だった。その動物の首から下は人間に似ており、見慣れない形状の衣服をまとっていた。しかし、首の上にあるものは、人間ではない別の動物に似た頭だった。村人たちは農具の保管庫にその動物を収容した。

村人たちが捕えた動物は人間の言葉を話すことができた。村人たちはその動物に対して、お前は何者か、どこから来たのか、穀物の倉庫で何をしていたのか、などと尋問した。その動物は、自分は「神」という種族の一員であり、この星に棲息する人間について調査するために、神々が住む天界から降臨したのだと供述した。

翌日、人間の身体と動物の頭を持つ六柱の神が村に降臨した。虜囚が神々に奪還されることを阻止するため、村人たちは鋤や鍬を手にして農具の保管庫と神々との間に立ちはだかった。そのとき村人たちは、いまだかつて感じたことのない幸福感が自身の中に湧き起るのを感じた。

「武器を捨てなさい」と神々のうちの一柱が言った。村人たちはその命令を拒絶することができず、鋤や鍬を地面に投げ捨てた。命令を従順に実行したことによって、村人たちが感じる幸福感は著しく増大した。

「我々の仲間を解放しなさい」と神が命ずると、村人たちは先を争って農具の保管庫に駆け込み、神の縛めを解いた。神々は解放された神とともに昇天した。

ミカネブラ村の事件を端緒として、人間たちはしばしば神々と遭遇するようになった。神々がソブメナに降臨する目的は、当初は学術的な調査が中心だった。しかし、それ以外の目的で降臨する神々が次第に増加し、遷都暦四世紀には、学術的な調査を目的として降臨する神々のほうが例外的な存在となった。学術的な調査を目的としない大多数の神々の目的は、この惑星の美しい自然の中で心身を休息させることだった。

人間たちは、神々を見かけると、近寄って挨拶をした。人間たちが神々に近寄る目的は、そうすることによって神々から幸福感を授かるためである。しかし、神々から授けられる幸福感は、自身の意志の放棄に対する対価だった。すなわち、神々に近寄った人間は、神々から発せられたいかなる命令も拒絶することができないのである。神々は、近寄ってきた人間たちに対して、道案内をせよ、食事を作れ、宿泊のために一室を提供せよ、などと命令した。

人間たちの住居に宿泊した神々が旅立っていったのち、彼らが宿泊していた部屋には、きわめてまれではあるが、彼らの所持品が残されていることがあった。そのような物品は「聖遺物」と呼ばれた。聖遺物を所有している者には幸運が訪れるという、誰かが言い始めた風説は、やがて人間たちの共通認識となった。

聖遺物の大半は、衣類や装身具など、古代や中世の人間にもその用途を容易に推測することができるものだった。しかし、その時代の人間には用途を推測することが困難な聖遺物も少なくなかった。その時代には不明だった聖遺物の用途が解明されることになるのは、科学技術が漸進的に発達した近世以降のことである。たとえば、遷都暦四七二年に取得された聖遺物は、遷都暦一三五六年に、光景を光学的に記録するための機械であることが解明された。このようにして、遷都暦十四世紀の末期までには、聖遺物のほとんどすべてについて、その用途が解明されるに至った。そして遷都暦十五世紀には、人間たちの科学技術は、聖遺物と同等の機能を持つ器具を製造することができるまでに進歩した。

遷都暦十五世紀に至っても用途が解明されていない聖遺物は、「聖円筒」と呼ばれるもののみだった。それは人間の大人が手の平で包み込むことができるほどの大きさを持つ円筒形の物体で、外殻は金属でできており、その内部には複雑な電子回路が詰め込まれていた。

聖円筒は遷都暦七六七年に取得された聖遺物である。取得したのはロデミヌ家のメダキヌムという人物で、その家の代々の戸主はそれを家宝として相続した。遷都暦一三八九年にロデミヌ家の戸主となったツムナビクは、事業に失敗し、多額の負債を抱えることとなった。彼は債権者に対する返済に充てるため、聖円筒を競売にかけた。それを落札したのは、ガリマキラ博物館という公立の博物館だった。

ガリマキラ博物館の学芸員たちは聖円筒の外殻から基板を慎重に抜き取り、その画像を公開した。しかし、聖円筒の用途を解明したいと考える研究者たちは、基板の画像のみではその目的の達成には不十分であると考えた。彼らは、聖円筒について科学的に分析するために、それを貸し出してもらいたいと博物館に要請した。しかし代々の館長は、科学的な分析よりも現状の保全を優先させるという方針を堅持し、密封された保管庫の中からそれを取り出すことを許可しなかった。

遷都暦一四七四年、ガリマキラ博物館の館長に就任したトミセトスは、セマネムナ大学から提出されていた聖円筒の貸し出しの申請を、現状の変更を認めないという条件を付した上で受理した。セマネムナ大学は、聖遺物の電子工学的な性質に造詣が深いタリミナスという教授に聖円筒の分析を依頼した。

タリミナスが聖円筒の分析によって得られた知見をまとめた、「聖円筒の特性と機能」と題する論文は、遷都暦一四七八年に刊行されたセマネムナ大学の紀要に掲載された。その論文は、次のような言葉で結ばれていた。

「本稿の中で述べられてきた聖円筒の分析結果から、この聖遺物の機能はすでに明らかであろう。それは、人間からの意志の剥奪と人間への幸福感の授与という機能である。我々はこれまで、人間から意志を奪い、その対価として人間に幸福感を授けるという神々の能力は、生物としての神々自身に備わっていると信じて疑わなかった。しかし、もしもそれが本当に真実ならば、神々は聖円筒のような装置を必要とはしないはずである。遷都暦紀元前三世紀に人間と神が初めて遭遇したとき、その神が人間から意志を奪うことも人間に幸福感を授けることもしなかった理由は何かという問題に関しては、これまでに様々な仮説が提示されてきた。生物としての神々自身は意志の剥奪と幸福感の授与という能力を持たないという真実は、この問題についての新たな仮説を提示している。それは、その神は聖円筒を装着していなかったか、あるいは装着はしていたが、何らかの理由でそれが機能しなかったのであるという仮説である」

タリミナスの論文は、彼の見解を批判する人々とそれを擁護する人々との間に熾烈な論争を巻き起こした。批判的な立場から発言する人々の多くは、聖円筒の分析結果は事実として認めたものの、そこからその聖遺物の機能を導き出す推論の過程には誤りがあり、正しく推論するならば別の機能が導き出されると主張した。それに対して、タリミナスの見解を擁護する人々は、それを批判する人々の推論の誤りを指摘し、彼の推論のみが唯一の正しい推論であると主張した。

タリミナスの論文をめぐる議論は、遷都暦一四八二年に収束した。議論を収束させたのは、メドリガ大学の教授で電子工学を専門とするハリバクラによる研究成果だった。彼女の研究は、タリミナスの論文に基づいて、聖円筒とまったく同じ特性を持つ装置を製作するというものだった。その装置は、周囲にいる人間に幸福感を授けるとともに、その意志を奪った。自身の意志を奪われた人間は、その装置を装着した人間が発する命令を忠実に実行した。

その三年後、ハリバクラは、聖円筒無効化装置、すなわち聖円筒の効力を無効化する装置を完成させた。彼女は、その装置が期待したとおりに動作することを確認するために、それを装着して、神々がしばしば降臨する場所に立った。その場所に降臨した神は、道案内や食事の提供など、様々な命令を彼女に与えた。聖円筒無効化装置は彼女が期待したとおりに働き、彼女は幸福感を感じることも意志を奪われることもなかった。しかし彼女は、神が不審に思うことを避けるために、神から与えられた命令を自身の意志で実行した。

ハリバクラは聖円筒無効化装置に関する論文を書き、メドリガ大学の紀要にそれを投稿した。電子回路を製作する技術を持つ者たちの多くは、彼女の論文を参考にして聖円筒無効化装置を組み立て、それを装着して神に接近した。彼らが神に接近する目的はあくまで装置の動作の確認であり、彼らもまた、ハリバクラと同様に自身の意志で神の命令を実行した。

聖円筒無効化装置を製作した者たちの中には、単に動作の確認のみでは飽き足りない者もいた。そのような者たちの多くは、神に対して様々な質問をした。聖円筒によって意志を奪われた人間にとって、神に対して質問をするというのは不可能なことだったが、聖円筒無効化装置はその不可能を可能にしたのである。

人間たちの質問に対する神々の回答は、人間たちにとって驚きに満ちたものだった。それらの回答のうちで最も人間たちを驚かせたものは、ソブメナに棲むすべての生物は神々が創造したものであり、人間が言語を使うことができるのも、神々が人間をそのように設計したからである、というものだった。

ソブメナという惑星の美しさに魅了された神々は、その美しさに彩りを添えるために、様々な生物から構成される生態系をその惑星の上に構築し、さらに言語を操る生物に独自の文化を創造させた。それは、人間たちの暦法で言えば遷都暦紀元前四世紀のことだった。人間たちが持つ紀元前四世紀よりも過去の歴史は、神々によって捏造されたものだったのである。

聖円筒がその効力を発揮する対象は、人間のみに限られていた。すなわち、それを使って神から意志を奪うことはできないということである。電子工学の研究者たちは、人間ではなく神に対して効力を発揮する、「逆聖円筒」と呼ぶべきものを開発することはできないかと考えた。彼らは逆聖円筒の様々な試作品を製作し、その試作品と聖円筒無効化装置を装着して神々に接近した。実験の結果は研究者たちの間で共有され、彼らはそれに基づいてさらに性能の高い逆聖円筒を製作した。

逆聖円筒の改良に携わる研究者たちは、自分たちの実験によって神々が人間に対する警戒心を抱くようになるのではないかと危惧した。しかし、それは杞憂だった。逆聖円筒が神々に与える幸福感は、神々がそれまでに経験したいかなる感覚よりも甘美だった。逆聖円筒を装着した人間のもとには、それが授ける幸福感を味わうことを望む神々が集まるようになった。

逆聖円筒の研究者の一人は、なぜ神々は自分たちで逆聖円筒を製作しないのかと神に尋ねた。その質問に対して、その神は次のように答えた。

「我々が逆聖円筒を作ることは、技術的には可能です。しかし我々は、逆聖円筒を製作することも所持することも、法律によって禁止されているのです。人間たちが逆聖円筒を製作する技術を獲得したということは、現在はまだきわめて少数の神々しか知りません。もしもその事実が我々の間で広く知られるようになれば、おそらく、我々がソブメナへ降臨することもまた法律によって禁止されることになるでしょう」

聖円筒無効化装置と逆聖円筒を使えば、天界を人間の支配下に置くことも可能なのではないか、と考えた人間は少なくない。しかし、それを実行に移すための財源を確保することは、ほとんどすべての人間にとって不可能なことだった。そのきわめて少数の例外の一人がデミガモルだった。彼は、通信事業によって巨万の富を築いたのちに若くして実業界から引退していたが、天界を人間の支配下に置くことを第二の人生の目標とすることを決意した。彼は聖円筒無効化装置と逆聖円筒を大量生産するための工場を建設した。また、それらの装置を使って天界を征服する作戦を実行する兵士たちを大量に雇用した。

神々が天界を移動するために使用する装置は「跳躍機」と呼ばれる。ソブメナの衛星軌道にも一機の跳躍機が公転しており、ソブメナに降臨する神々は、必ずここを通過した。遷都暦一五一九年、デミガモルの傭兵たちは、聖円筒無効化装置と逆聖円筒を装着し、ソブメナに降臨していた神々に接近した。そして、自分たちを跳躍機に連れて行くようにと神々に命令した。

ソブメナの周囲を公転する跳躍機を制圧した傭兵たちは、地上で待機していた傭兵たちを跳躍機に呼び込み、彼らを別の跳躍機に向けて跳躍させた。彼らの目的地は、神々の統治機関が設置されているツネギサという惑星だった。彼らはその道程に位置する跳躍機を次々と制圧しながら跳躍を繰り返した。

ツネギサの周囲を公転する跳躍機から地表へ跳躍した傭兵たちは、神々の立法機関である元老院の建物、および神々の元首である元老院議長の官邸を占拠した。そして作戦の成功をデミガモルに向けて打電した。

デミガモルはソブメナからツネギサへ移動し、元老院議長の官邸で、神々が住むすべての惑星に向けた声明を発表した。彼はその声明の中で自身を「皇帝」と名乗り、本日よりのち、すべての神々は皇帝の支配下に置かれると宣言した。そして、神々が定めたすべての法律は、当面はその効力を維持するが、皇帝が発布する勅令はいかなる法律の制約も受けず、すべての神はそれらの勅令を遵守する義務を負うと述べた。

その翌日、デミガモルは二つの勅令を発布した。第一の勅令は神々が聖円筒を製作および所持することを禁止するものであり、第二の勅令は神々がソブメナに降臨することを禁止するものだった。

デミガモルは逆聖円筒の生産量を増大させ、それらを人間たちに販売した。さらに彼は、人間たちが跳躍機を使って天界を自由に移動することを認めた。人間たちは逆聖円筒を装着して様々な惑星へ渡航した。それらの惑星の見慣れぬ風景は、人間たちの好奇心を満足させて余りあるものだった。しかし、数多くの惑星を訪問した人間たちに対して、どの惑星が最も美しいかと尋ねると、返ってくるのは決まって、ソブメナよりも美しい惑星にはまだ一度も出会っていないという返答だった。

ソブメナについては、人間たちのみならず神々もまた、美しさという点においてそれを凌駕する惑星は存在しないと評価していた。したがって、初代の皇帝となったデミガモルによってソブメナへの神々の降臨が禁止されたことは、多くの神々を落胆させた。神々の元老院は幾度も、ソブメナへの神々の降臨を禁止する勅令の廃止を皇帝に対して要望する決議を採択した。しかし歴代の皇帝は、それらの決議を黙殺し続けた。

ソブメナ以外の惑星で生活する人間たちの多くは、執事や秘書や料理人や給仕などとして神々を雇用していた。そのような人間たちは、他の惑星へ渡航する場合にも従者として神々を伴うことが多かった。彼らは、ソブメナへ渡航する場合には従者として神々を伴うことができないということを不便だと感じていた。そこで彼らは、神々がソブメナに降臨することを禁止した初代皇帝の勅令を改定し、人間によって雇用されている神々に関しては例外的にソブメナに降臨することもできるようにしてほしいと皇帝に陳情した。

彼らの陳情が結実したのは、マムゲセタの治世においてだった。遷都暦一七二七年に第六代の皇帝に即位したマムゲセタは、初代の皇帝が発布した第二の勅令に対して、「人間に雇用される神は、自身を雇用する人間に随伴する限りにおいて、ソブメナに降臨することが認められる」という条項を追加した勅令を発布した。

勅令の改定は、人間たちが営む旅行会社に対して業績向上の好機を与えた。彼らは、人間との間に雇用関係のない神々を対象とするソブメナへの旅行を企画した。それは、参加した神々が人間の添乗員と一時的な雇用契約を結ぶことによって、勅令に違反することなく神々がソブメナに降臨することを可能にする、という企画だった。いくつかの旅行会社が参加者を募集したソブメナ旅行は、いずれも多数の神々が殺到し、募集期間の終了を待たずに早々と定員に達した。

遷都暦一七二八年の一年間に、旅行会社の企画に参加してソブメナへ旅行した神々の柱数は、二万六千柱だった。神々を対象とするソブメナ旅行の年間参加者数は年を追うごとに増加し、一七四一年には十万柱を超えた。

ソブメナへ旅行する神々の柱数を降臨の目的別に集計すると、遷都暦一七二八年の時点では、宇宙で最も美しいと言われるその惑星の自然の中で心身を休息させることを目的とする神々が八割以上を占めていた。しかし、それを目的としてソブメナへ旅行する神々の比率は一七四三年ごろから徐々に減少していき、一七六七年には三割を下回った。それに替って目的別の集計で多数を占めるようになったのは、人間という聖なる生物が暮らす聖地である惑星への巡礼という目的でソブメナへ旅行する神々だった。