[第五十五話]通信機

モベナという惑星で発生した生物は、その進化の結果として、高度な知能を持つモベナ人と呼ばれる種を生み出した。

モベナ人のすべての個体は旺盛な探究心を持つ。この性質は彼らが持つ科学技術を著しく進歩させた。彼らは、物体を超光速で移動させる技術、物体を複製する技術、生物を不老不死にする技術、機械に思考力を与える技術などを次々と確立していった。思考力を持つ機械は、モベナ人に可能ないかなる仕事をも代行することができた。その結果として、モベナ人にとって仕事に従事することは義務ではなくなった。しかし、彼らの多くは、政治、司法、学術、芸術などの仕事に従事することを望んだ。それらのうちで最も多くのモベナ人が従事していたのは、学術にかかわる仕事だった。

惑星モベナが位置している銀河にある惑星のうちで、進化によって高い知能を獲得した生物が暮らしている惑星は、モベナを含めて百二十七個に及ぶ。しかし、モベナ人を除くそれらの生物が持つ科学技術は、その多くが極めて原始的な段階に留まっており、最も高度な科学技術を持つ者たちでも、超光速での航行が可能な宇宙船を建造する技術は持たなかった。

モベナ人の宇宙人類学者たちは、実地調査のために、自身が研究対象としている生物が暮らしている惑星に長期的に滞在した。彼らは、研究対象の生物が警戒心を持たないようにするために、その生物の身体を模した人工的な身体に自身の精神を移植し、その身体を操って惑星上での調査を実施した。

宇宙人類学者たちは、自分たちが何者であるかということが研究対象の生物に見破られることがないように慎重に行動した。しかし、研究対象の一部の者たちが、自分たちと同じ外見を持つが自分たちとは異質である者たちが自分たちの中に紛れ込んでいる、という事実を知ってしまうことを完全に避けることは困難だった。その事実を知った者たちは、多くの場合、宇宙人類学者たちを超自然的な存在者とみなした。モベナから四万光年の位置にあるガリスバという惑星に住むグマリムスという者も、宇宙人類学者の一人を超自然的な存在者とみなした者たちの一人だった。

グマリムスが住んでいたのは、サゴスラという大陸の東の海に浮かぶ列島を構成する島々の一つだった。その時代、その列島はいまだ国家として統一されていなかったが、どの島の人々も言語などの文化に関しては均質だった。キトリコマという宇宙人類学者の研究対象は、この列島に住む人々だった。

キトリコマは、ある集落での調査を終えて別の集落へ向かう途上で、澄んだ水を湛えた美しい湖に出会った。彼女は、ここでしばし水浴しようと思い立ち、装備を湖岸に残して湖に入った。自分を見ている者は誰もいないと彼女は思っていたが、彼女の行動は一人の盗賊に見られていた。盗賊は彼女の装備を奪い、それを自身の隠れ家に持ち帰った。

一人の男が自分の装備を持ち去るのを見たキトリコマは、あわてて湖岸に向かったが、盗賊が姿を消す前に岸にたどり着くことはできなかった。装備を失うことは、地上から宇宙船に戻る手段と、他のモベナ人との通信の手段を失うことを意味していた。彼女は、この事態に対処するためにはガリスバ人の誰かに助けを求めるしかないと判断し、調査を終えたばかりの集落に戻り、その集落を統治している者に自身の窮状を訴えた。そのとき、その集落を統治していたのがグマリムスだった。

グマリムスはキトリコマが遭遇した不運に同情し、彼女が奪われたものを取り戻すために最大限の努力をすることを彼女に約束した。彼は、集落の人々に呼び掛け、彼らに盗賊の隠れ家を探索させた。十日後、隠れ家を発見したという報せを聞いた彼は、七名の屈強な者たちとともにその隠れ家を急襲し、盗賊を捕縛して集落に連行した。

グマリムスはキトリコマを盗賊の隠れ家に案内した。彼女は隠れ家の中を捜索し、奪われた自身の装備を取り戻した。彼女は彼に感謝の気持ちを伝え、さらに、謝礼となることをさせてもらいたいので、希望することを聞かせてほしいと告げた。

グマリムスは、キトリコマを初めて見たときから、彼女は自分たちとはまったく異なる者なのではないかと感じていた。そして、彼女が盗賊から取り戻した装備を見たことによって、その直感は確信に変わった。謝礼をしたいという彼女の申し出に対して彼が最初に出した希望は、自分の妻になってもらいたいというものだった。その希望に対して彼女が難色を示したのちに彼が出した希望は、自分たちが住む列島の全土を統一する国家を樹立して自分がその国家の国王になるという野望の実現に手を貸してほしい、というものだった。彼女はその希望を聞き入れ、彼を国王にするために最大限の努力をすると彼に約束した。

盗賊から取り戻した装備の一つをキトリコマが操作すると、彼女は白色の光に包まれた。次の瞬間に光が消えると、彼女の姿も見えなくなっていた。彼女が再び出現したとき、彼女は片手に何かを持っていた。それは金属でできた円形の板で、その表面は鏡のように光を反射していた。彼女はその板をグマリムスに渡し、次のように彼に語った。

「これは、通信機と呼ばれる、遠く離れた者同士が会話を交すための道具です。私は、列島を統一するために必要となる情報を、この道具を通じてあなたに提供しましょう」

キトリコマは通信機の使い方についてグマリムスに説明したのち、再び光に包まれて姿を消した。教えられたとおりに彼が道具を操作すると、その表面に彼女の姿が浮かび上がり、彼女の声が聞こえた。彼女は、彼の集落から東に七里ほど離れた地に位置する集落は防備が手薄であり、容易に攻め込むことができるであろうと彼に助言した。

キトリコマは、本業である宇宙人類学の調査の傍ら、各地の集落の軍備について分析し、その弱点をグマリムスに伝えた。彼は、彼女からの情報を活用することによって自身の版図を徐々に拡大していった。集落の統治者の多くは、彼の軍勢が敗北を知らないのは、彼がキトリコマという女神の加護を得ているからであるという噂を聞いて恐れをなし、戦わずして彼に降伏した。

グマリムスは、キトリコマとの出会いから八年後に列島の全土を掌握した。彼は列島を国土とする統一国家の樹立を宣言し、タナメタという名称をその国に与えた。そして、タナメタの中央に位置するソミカと呼ばれる地に築かれた壮麗な宮殿において、タナメタの初代の国王に即位した。建国暦と呼ばれる紀年法の紀元は、彼の即位の年である。

グマリムスの死後、タナメタの国王の地位は彼の子孫に継承され、キトリコマから授けられた通信機も、国王の地位を象徴する器物として代々の国王に継承された。代々の国王は通信機の使い方を先代の国王から伝授されたが、国王以外の人々にはそれの用途さえも秘匿された。人々は、それはキトリコマという女神の神霊が宿る依代であると考え、それを神鏡と呼んだ。そして人々は、タナメタの国王は国を統治する者であるのみならず、女神に対する祭祀を執行する者でもあると考え、その地位を祭祀王と呼んだ。

第二代の祭祀王に即位したミレナソブも、第三代の祭祀王に即位したトマサルムも、その在位中に神鏡を本来の用途で使用することはなかった。第七代の祭祀王であるモマルビクの時代から、神鏡は箱に収められ、本来の用途で使用する場合を除いては祭祀王といえども箱を開いてはならないという不文律が申し送りされるようになった。第二代以降の祭祀王で、神鏡を本来の用途で使用した最初の者は、第百二十四代のガネテクスである。

ガネテクスが祭祀王に即位したのは建国暦二五八六年のことである。その十三年後、惑星ガリスバの大多数の国々を巻き込む戦争が勃発し、その二年後にはタナメタも、連合国と呼ばれる国々に対して宣戦を布告した。タナメタは、緒戦においては周辺の国々を次々と占領していったが、参戦の二年後からは劣勢となり、占領地を次々と奪還されていった。参戦の三年後には、タナメタの多くの大都市に連合国の爆撃機が飛来するようになった。

その時代のタナメタの政府は、祭祀王をその一柱とする神々を崇拝する宗教を利用して国民を統制していた。その宗教は、祭祀王のために自身の命を捧げた者は神々の一員となり、未来永劫にわたって祭祀王から感謝の祈りを捧げられるであろう、という教義を持っていた。

建国暦二六〇五年、タナメタは連合国に無条件降伏し、連合国の占領軍の統治下に置かれた。占領軍の司令官であるミヌビテクは、戦争犯罪人の処罰とタナメタの民主化を占領軍の主要な課題として掲げた。

祭祀王をタナメタの統治者とする祭祀王制度を民主主義的な制度とみなすことは不可能だった。二千六百年にわたって続いてきた祭祀王制度に廃絶の危機が訪れた。ガネテクスは、自分の代で祭祀王制度が廃止されることになった場合に百二十三名の歴代の祭祀王が自分に与えるであろう天罰を想像し、戦慄を覚えた。彼は祭祀王制度の廃止を阻止するための方策について群臣に諮問したが、妙策を進言する者は誰一人としていなかった。彼に残された最後の希望は、キトリコマの助言を仰ぐことだった。

ガネテクスは神鏡が収められた箱を開き、その中から神鏡を取り出した。そして先代の祭祀王から教えられたとおりにそれを操作した。するとキトリコマの顔が神鏡の表面に映し出され、その声が聞こえた。彼女は、無条件降伏という判断は正しかったが、その判断が遅れたために多くの人命が失われたことは痛恨の極みであると彼に語った。彼は、占領軍によって祭祀王制度が廃止されることを阻止するためには何をすればよいかと彼女に尋ねた。彼女は、三日後に返答すると答えて通話を切った。

占領軍の司令官であるミヌビテクは、コモセマという国の軍人だった。キトリコマは、コモセマの人々を研究対象としているバリメトルという宇宙人類学者を通信機で呼び出し、ミヌビテクというのはどのような人物なのか、そして彼は今後のタナメタの体制はいかにあるべきであると考えているのか、と尋ねた。

キトリコマは、ガネテクスとの二回目の通話において、彼に次のように語った。

「ミヌビテクは、祭祀王制度は廃止されるべきだと考えています。彼がそのように考えている理由は、祭祀王制度においては、祭祀王は神であり、その者は自身の行為にいかなる責任も持たないと規定されていると彼が認識しているからです。したがって、祭祀王制度を存続させるために必要なことは、祭祀王も人間であり、自身の行為に責任を持つということを彼に示すことです」

ガネテクスはミヌビテクに自身との会見を申し入れ、司令官はそれを承諾した。会見の冒頭で祭祀王は司令官に次のように語った。

「この度の戦争の責任はすべて私にあります。ですから、処罰されるべき戦争犯罪人は私のみです。他の者たちは私の命令に従っただけですので、彼らには寛大な処遇をお願いします」

この会談の翌年、ガネテクスはタナメタの国民に向けた詔書を発布した。その詔書の中には、自身が神であるということを否定したと解釈することのできる文言が含まれていた。

ミヌビテクは、会見においてガネテクスが自身の責任を認める発言をしたこと、そして詔書の中で自身が神であることを否定したことによって、祭祀王制度についての自身の認識は改められる必要があると考えた。彼は、途中まで書き進めていた憲法の草案を破棄し、新たな草案を起草した。彼がそれまで書き進めていた草案は祭祀王制度を完全に排除したものだったが、それを破棄して新たに起草した草案には祭祀王制度が組み込まれた。彼が起草した憲法の第二の草案は、タナメタの閣僚たちによって修正されたのちに国会に上程され、さらに修正が加えられたのちに可決された。

新しい憲法においては、祭祀王はタナメタの象徴であり、国政に関する権能を持たないと規定された。そして、従来と同様にその地位は世襲によって継承されると規定された。新しい憲法はさらに、政教分離に関する条項、すなわち政治と宗教とは厳格に分離されなければならないという条項を含んでいた。これは、祭祀王をその一柱とする神々を崇拝する宗教が国民を統制するために利用された過去に対する反省に基づく条項だった。

占領軍は、戦争を主導したタナメタの指導者たちを処刑したが、ガネテクスに対してはいかなる責任も問わなかった。建国暦二六一二年、タナメタと連合国との間で締結された講和条約が発効し、タナメタは主権を回復した。ガネテクスはその後も祭祀王の地位に留まり、タナメタの象徴としての職務に従事し、そして天寿を全うした。

神鏡を本来の用途で使用した三人目の祭祀王は、建国暦二七四六年に第百二十九代の祭祀王に即位したネビタゲムである。祭祀王に即位する以前から、彼は現行の祭祀王制度に対して大いなる不満を抱いていた。彼が抱いていた不満というのは、祭祀王の後継者として生まれた者は自由を著しく制限されるということだった。

タナメタの憲法は国民に対して自身の職業を選択する自由を認めていた。それに対して、祭祀王の後継者として生まれた者が自身の職業を自由に選択するというのは、限りなく不可能に近いことだった。その者に対しては、祭祀王に即位する以前から、祭祀王の後継者という地位にふさわしい行動が要求され、即位したのちは、タナメタの象徴としての職務のために身を粉にして働くことが要求された。

ネビタゲムは、自身が抱いている祭祀王制度に対する不満を深く胸に納め、決してそれを口に出さなかった。そして、国民たちの視点からは自身が祭祀王の後継者にふさわしい人物に見えるように、自身の言動に細心の注意を払った。しかし彼は、不満を抱えたまま生涯を終えようと考えていたわけではなかった。彼は、いかなる人間も祭祀王となる宿命を背負って生まれてくることがないようにするために、祭祀王制度を廃止することが、自身に与えられた天命であると考えていたのである。

しかし、祭祀王の地位やその後継者の地位にある者にとって、祭祀王制度を廃止するというのは極めて困難なことだった。なぜなら、祭祀王は国政に関する権能を持たないと憲法が規定していたからである。祭祀王の後継者が公的な場で国政に関して発言することについては、法律上の制限はないものの、それが批判を招くであろうということは明らかだった。

祭祀王に即位したのちも、ネビタゲムは祭祀王制度を廃止するための具体的な方策を模索し続けた。しかし、いかなる方策も見出すことができないまま、年月のみが過ぎ去っていった。彼は、キトリコマに一縷の望みを託すことを決意した。

ネビタゲムが箱の中から神鏡を取り出し、それを操作すると、キトリコマの顔がその表面に映し出された。彼は、祭祀王の後継者として生まれた者がいかに自由を奪われているかということについて彼女に説明し、祭祀王制度を廃止するための方策を授けてほしいと彼女に依頼した。彼女は、三日後に返答すると答えて通話を切った。

三日後、キトリコマは神鏡を通じてネビタゲムに次のように語った。

「タナメタの現行の憲法には矛盾があります。それは、国家と宗教を分離すると定めておきながら、祭祀王制度という宗教的な制度を国家の制度として容認しているという矛盾です。現在はこの矛盾を問題視しているタナメタの国民はほとんどいませんが、問題視する人々が多数派になれば、祭祀王制度は廃止されることになるでしょう。ですから、あなたがしなければならないことは、国民に対して自分が神だということを宣言すること、そして奇跡を起こすことによって国家の問題に対処することです」

ネビタゲムは、「しかし、神ではなく人間である私に、奇跡を起こすことができるのでしょうか」と尋ねた。

その質問に対してキトリコマは次のように答えた。

「私たちが持っている科学技術は、この惑星の人類が持っているものよりも遥かに発達しています。ですから、このような奇跡を起こすつもりだとあなたが国民に告げたことを、私たちの科学技術を使って私が実現させれば、国民はあなたが奇跡を起こしたと思うでしょう」

そしてキトリコマは、自分たちの科学技術によって可能なことと不可能なことについての知識をネビタゲムに授けた。

建国暦二七五七年、ネビタゲムは、すべての国民に向けた談話を発表した。その談話には、次のような宣言が含まれていた。

「祭祀王というのは神であり、人間を超えた能力を持っています。しかし、歴代の祭祀王は神としての自身の能力を封印してきました。私も、これまでは神としての能力を使用することなく自身の務めを果してきました。しかし私は、それはタナメタという国にとって大きな損失であると考えるに至りました。私はここに、私が神であること、そして今後はタナメタのために神としての能力を使用することを宣言します」

自身が神であることをネビタゲムが宣言した二か月後、コタギセバという国で、緑化事業のための施設が武装集団に襲撃され、多数の労働者が人質として拘束されるという事件が発生した。拘束された労働者の半数以上は、タナメタの企業から派遣されたタナメタ人だった。

ネビタゲムは、「この事件は私が持つ自身の力を試してみるよい機会です」という談話を発表した。その翌日、キトリコマは自身が持つ装置を操作し、武装集団が占拠している施設から祭祀王の宮殿の大広間へ、人質となっている労働者たちを瞬間的に移動させた。待機していた侍医たちは負傷している者たちに応急処置を施した。

タナメタの南に広がる海にトリベツカという無人島がある。この島をめぐっては、レビトナという国とタナメタとが領有権を主張し、係争状態が続いていた。建国暦二七五八年、レビトナはこの島を実効支配するために軍隊を上陸させた。

トリベツカは火山活動によって生成された島であるが、この島の火山は建国暦二五二三年に噴火して以来、活動を停止していた。ネビタゲムは、「レビトナの軍隊をトリベツカから撤退させるために、私はその島の火山を噴火させるつもりです」という談話を発表した。

ネビタゲムが談話を発表した数時間後から、トリベツカの火山は火口から噴煙を上げ始めた。レビトナ軍の司令官はトリベツカに上陸した部隊に対して島からの撤退を命じた。火山が噴火を開始したのは、その指令が部隊に届いた直後のことだった。大規模な火砕流が部隊の宿営地を襲った。島の周囲に停泊していた艦艇は生存者を救助したのちに島から離れたが、救助された生存者は上陸した兵員の一割に満たなかった。

ネビタゲムが神としての能力を使用したことに対して、当初はタナメタ人の多くが快哉を叫んだ。しかし、時間が過ぎるとともに彼らの熱狂は鎮静化し、祭祀王制度が宗教であるという疑い得ない事実を問題視する方向へと彼らの意識は変化していった。政教分離に関する条項と祭祀王制度に関する条項とがともに憲法に含まれているということは明らかに矛盾であり、この矛盾を解消するために憲法は改正されなければならない、と法学者たちは主張し、多くのタナメタ人は彼らの主張に共感を覚えた。

しかし、憲法をどのように改正することによって矛盾を解消すればよいかということについては、タナメタの世論は二通りの意見に二分された。すなわち、政教分離に関する条項に例外規定を追加するという意見と、祭祀王制度を廃止するという意見である。この問題については国会においても激しい論戦が繰り広げられたが、その議論は平行線をたどった。国会が出した結論は、国民投票において三つの選択肢から一つを国民に選択してもらうことだった。その選択肢は、政教分離に関する条項に例外規定を追加するという改正案、祭祀王制度を廃止するという改正案、そしてそれらの改正案のいずれも承認しない、という三つである。憲法は、自身の改正案が成立するためには国民投票による過半数の賛成が必要であると定めていた。

憲法の改正に関する国民投票は建国暦二七六一年九月十八日に実施された。開票の結果は、祭祀王制度を廃止するという改正案に対する賛成票が過半数をわずかに上回るというものだった。憲法は改正され、祭祀王制度は廃止された。

改正された憲法が施行された日の夜、ネビタゲムは神鏡を操作してキトリコマを呼び出し、次のように彼女に述べた。

「祭祀王制度を国民に廃止させる方策を授けてくださったこと、また高度な科学技術を駆使してその方策の実現に協力してくださったことに、深く感謝を申し上げます。ところでこの神鏡は、祭祀王制度の廃止によって不要となりました。ですので本来の所有者であるあなたにお返ししたいのですが、どうすればよろしいでしょうか」

それに対してキトリコマは次のように答えた。

「私は、あなたの先祖であるグマリムスから恩義を受けている者ですから、彼の後継者であるあなたの役に立てることは私にとっても喜ばしいことです。通信機については、不要であれば回収しますので、私のところへ持って来てください」

次の瞬間、ネビタゲムは自分が瞬間的に別の場所へ移動したことを知った。彼の目の前には映像ではないキトリコマが立っていた。ここはどこかと彼が尋ねると、ここは自分の宇宙船の中だと彼女は答えた。彼が神鏡を差し出すと、彼女はそれを受け取り、壁面の戸棚に収納した。そして彼女は次のように彼に提案した。

「先日、私は新型の宇宙船を購入しました。この宇宙船は不要になりますので、廃棄するつもりだったのですが、もしもあなたが使ってくださるならば進呈したいと思います。いかがですか」

ネビタゲムはキトリコマの提案を受け入れた。彼女は宇宙船の人工頭脳に対してこの船の船長が交替したことを伝え、新しい宇宙船へ移動した。

宇宙船の人工頭脳はネビタゲムに対して、これからこの船はどこへ向かえばよいかと尋ねた。船長は、キトリコマをその一員とする神々が住む世界を訪ねてみたいと答えた。