[第四十六話]留学

セグタナという惑星に棲む人間たちは、誰もが、「神」と呼ばれる者たちに対する畏敬の念を忘れてはならないと幼少時から教え込まれていた。

セグタナ人たちは、セグタナの大気圏を飛行する物体をしばしば目撃した。多くの場合、それは円盤状の白色の物体であり、まったく音を立てずに高速で飛行した。夜間に飛行する場合、その物体の表面では、様々な色を持つ無数の光点が明滅した。 セグタナ人たちは、それらの飛行物体には神々が搭乗していると信じていた。しかし、それらの飛行物体から神々がセグタナの大地に降り立つところを目撃したセグタナ人は、まったく存在しない。

セグタナ人たちは、神々は自分たちの庇護者であると考えていた。なぜなら、神々は、災害や飢饉や疫病などによって人間たちが苦難に直面する度に、間髪を容れず飛行物体から救援物資を投下することによって、その苦難を軽減させようと試みたからである。

飛行物体から投下される救援物資には、多くの場合、その使用方法について記された小冊子が同梱されていた。その小冊子は、セグタナ人たちの言語ではなく、神々の言語で書かれていた。それをセグタナ人たちの言語に翻訳することは、「神学者」と呼ばれる者たちの仕事だった。

セグタナ人たちは、神々に関連する問題について探究する学問を「神学」と呼び、その学問の研究に従事する学者を「神学者」と呼んだ。神々が使用する言語について学習する科目は、大学の神学部における必修科目の一つだった。

神学者たちが神々の言語を理解することができるようになったのは、統合暦七世紀のことである。それ以前は、神々の言語を理解することのできるセグタナ人は存在せず、飛行物体から投下された救援物資は、食料や衣料など、使い方が一目瞭然であるもののみが利用され、使い方を推測することが困難であるものは放置されていたのである。

統合暦六四六年、ピリタメナという寒村に住むレムタバという幼女が神隠しに遭った。村人たちは手分けして彼女の行方を捜し求めたが、彼らはいかなる手掛かりも見出すことができなかった。彼女が村に戻ってきたのは十年後のことだった。彼女は村人たちに、自分は神々の言語をセグタナ人たちに教える使命を彼らから授けられたのだと語った。

神々の言語を理解することのできる少女がピリタメナという村にいるという噂は、商人たちによって拡散され、神学者たちの耳にも届いた。神学者たちは、レムタバに教えを乞うため、セグタナの各地からピリタメナを目指す長い旅に出た。

ピリタメナに集結した神学者たちは、自分たちがレムタバから神々の言語を学ぶための学校をその地に設立した。彼女の授業には、神学者たちのみならず、ピリタメナに住む子供たちも耳を傾けた。彼女の授業がない時間帯には、神学者たちが交替で子供たちに様々な知識を伝授した。

レムタバから神々の言語を学ぶために神学者たちが設立した学校は、世界各地から集結した学者たちによって様々な学部が増設され、ピリタメナ大学と呼ばれる総合大学となった。その大学は、レムタバが九十二歳で逝去したのちも発展を続け、統合暦十六世紀には、優秀な学生が集まるという点において他の追随を許さないものとなっていた。

神学が探究する問題のうちで最も中心となるものは、神々とはいかなる者たちであるかということである。しかしこの問題については、実証的な研究というものが不可能であったため、仮説は次々と提示されたものの、それらの仮説は、検証されることなく蓄積されていくばかりだった。レムタバは、自身が見た神々は外観も行動様式もセグタナ人とほとんど変わらないと神学者たちに話した。しかし、神学者たちの間では、神々は彼女を怖がらせないようにするために、本来の姿ではなくセグタナ人に擬態した姿を彼女に見せていたのだ、という仮説が有力視されていた。

セグタナ人に対する神々からの援助は、統合暦一八六〇年代中頃から減少を開始した。災害や飢饉や疫病などが発生しても、それが小規模のものならば、飛行物体は上空を通過するのみで、援助物資を投下しなくなった。マコテスラという国で統合暦一九三四年に発生した大震災では、飛行物体から援助物資が投下されたが、神々からの援助はそれが最後となり、それ以降は、いかに大規模な災害が発生しようとも、援助物資は投下されなかった。また、神々の飛行物体が目撃される回数も徐々に減少し、統合暦一九七四年以降、目撃の報告は一件もない。

神学者たちの大多数は、神々がセグタナ人たちに援助をしなくなったことは、セグタナ人たちの科学技術の発達と関係があると考えた。すなわち、神々は、セグタナ人たちはすでに自身の科学技術を駆使することによって災害や飢饉や疫病による苦難を克服することのできる段階に到達しており、自分たちの援助は必要ではなくなったと判断した、というのが大多数の神学者たちの見解だったのである。

セグタナ人たちが持つ神々に対する畏敬の念は、神々の飛行物体がまったく姿を見せなくなったのちも失われることがなかった。セグタナ人の多くは、自分たちには神々からの超自然的な恩寵が与えられていると信じていた。神学者たちは神に関する仮説をさらに増加させた。神学部を擁するすべての大学は、それらの仮説が記された書物を収蔵するため、書庫の拡張工事を頻繁に繰り返さなければならなかった。

統合暦二十二世紀初頭、セグタナ人たちの科学技術は、光速を超える速度で飛行する宇宙船を建造することができるまでに発達した。セグタナからは、近傍の恒星系を探査する使命を帯びた者たちを乗せた無数の宇宙船が飛び立っていった。恒星系の探査隊は様々な分野の学者から構成されており、その中には神学者も含まれていた。恒星系の探査に神学者が必要とされた理由は、探査の対象となった恒星系において神々と遭遇する可能性を無視することができなかったからである。

恒星系の探査隊は様々な知的生命と遭遇した。それらの多くは、生物としての形態も思考の様式もセグタナ人とは根本的に異なっており、彼らとの意思の疎通は困難を極めた。意思を伝達するために音声や視覚的記号を使用する種族は少数派であり、大多数の種族は、思いも寄らない方法で互いに意思を伝達し合っていた。探査隊の学者たちは、様々な機械を製作することによって、彼らとの意思の疎通を実現させようと奮闘した。

知的生命との意思の疎通が可能になると、探査隊に所属する神学者たちは、神々について知っていることを教えてほしいと彼らに依頼した。彼らが持つ神々についての知識の量は、種族によって大きな差があった。神々をまったく知らない種族もあれば、神々の言語を理解することのできる種族もあった。しかし、セグタナ人のどの探査隊も、セグタナ人が持つ神々についての知識に追加すべき知識を持つ種族とは遭遇しなかった。

セグタナ人が初めて神々と接触したのは、統合暦二一五八年のことだった。ミゲプリバという恒星の第七惑星に着陸した探査隊は、そこで知的生命と遭遇した。その種族は、一個の頭と二本の腕と二本の足という、セグタナ人と同様の形態を持っていた。彼らのうちの一個体が探査隊の学者たちの前で言葉を発した次の瞬間、探査隊の中にいた神学者は地面に平伏した。神学者以外の学者たちは、神学者のその反応によって、自分たちはセグタナ人と神々とが初めて接触する歴史的な瞬間に立ち会っているということを知った。

セグタナ人の探査隊に話しかけたのは、サピナルマという名前の女神だった。彼女は探査隊の学者たちを先導し、何らかの庁舎ではないかと思われる重厚な建物に入った。そして彼女は彼らに歓迎の言葉を述べた。彼女の言葉は神学者によってセグタナ人の言葉に翻訳された。彼女の挨拶が終わると、学者たちは彼女に矢継ぎ早に質問を投げかけた。彼らのいかなる質問に対しても、彼女は簡潔にして的確な回答を与えた。その質疑応答から、探査隊の学者たちは次のような事実を知るに至った。

探査隊が神々と遭遇したミゲプリバ第七惑星は、神々にとって真の故郷と言える惑星ではなかった。神という知的生命が進化の結果として生み出されるという出来事の舞台となったのは、リブナサリタという惑星だった。その惑星は、セグタナ人による探査がまだ及んでいない恒星系の第八惑星である。「もしもその惑星系に探査隊を派遣したとしても、彼らが発見するものは廃墟だけでしょう」とサピナルマは語った。

約三百年前、神々の世界は、政治上の意見の対立から二つの陣営に分裂した。それぞれの陣営は、相手からの武力攻撃に備えるため、殺傷力の極めて高い兵器を大量に生産した。彼らは、他の恒星系に棲む知的生命に対する調査と援助のための予算を削減し、兵器の開発と製造のための予算を増額した。

神々を二分するそれぞれの陣営が武力の行使を決断したのは、百六十年前のことだった。その武力衝突は三日で終息した。しかし、どちらの陣営も勝者とはならなかった。なぜなら、両方の陣営がともに全滅したからである。

リブナサリタで武力が行使されたとき、七機の飛行物体が、知的生命に対する調査と援助のために他の恒星系へ派遣されていた。それらの飛行物体の乗務員たちは、有事が発生したという報せを受け、任務を中断してリブナサリタへ帰還した。しかし、彼らにできたことは、惑星の全域が有害な物質に汚染されているという事実、および神々の生存者は自分たちのみであるという事実を確認することのみだった。飛行物体の操縦士たちは、神々の生命維持に適した環境を持つミゲプリバ第七惑星を目的地として設定した。

生き残った神々は、第二リブナサリタという名前をミゲプリバ第七惑星に与え、そこを新たな故郷とした。他の恒星系に棲む知的生命に対する調査と援助は、彼らが第二リブナサリタに移住したのちも継続された。しかし、それは長くは続かなかった。飛行物体の機能を維持するために必要となる消耗品や部品を入手する手段が失われていたからである。七機の飛行物体は、「我々はかつて、多くの恒星系に棲む知的生命に対する調査と援助に従事していた」という事実を後世に伝える巨大な記念碑と化した。

しかし、神々は、知的生命に対する調査と援助を再開することを決して断念したわけではなかった。彼らは、知的生命に対する調査と援助を再開するという目標に向けて前進するため、各自が得意とする分野の教科書を執筆し、第二リブナサリタで生まれた子供たちに対して、それらの教科書を使って学問を授けた。成長して社会に出た子供たちは、各種の工場を建設することによって工業製品の生産を再開させ、そして自身の子供たちにも学問を授けた。しかし、セグタナ人を乗せた宇宙船が第二リブナサリタに着陸したとき、神々はまだ、知的生命に対する調査と援助を再開するという目標には到達していなかった。

探査隊の学者たちとサピナルマとの質疑応答が終了したのち、探査隊の隊長は次のように彼女に述べた。「我々は直ちにセグタナに帰還し、我々が神々と接触したことを報告し、神々が知的生命に対する探査と援助を再開することに協力するための法案を議会に提出するように議員たちに働きかけたいと思います。その法案は、必ずや多数の賛成を得て成立するでしょう」

神々が知的生命に対する探査と援助を再開することに協力するための法案は、探査隊の隊長が保証したとおり、圧倒的多数の賛成を得て成立した。セグタナ人たちは、成立した法律に基づいて、宇宙船を建造する造船所を第二リブナサリタに建設し、それを神々に奉納した。神々は、その造船所を稼働させて宇宙船を次々と建造し、それらの宇宙船を使って知的生命に対する探査と援助を再開した。

統合暦二一七二年、セグタナ人の神学者たちは、第二リブナサリタに神学の単科大学を設立した。その大学にはセグタナ人の教授は一人もおらず、教壇に立つ者は神々のみだった。教授たちは、神の身体の構造、神々の社会、神々の文化、神々の歴史など、神々に関する様々な分野の知識をセグタナ人たちに伝授した。神学というのは、それまでは、仮説を立てること、そしてどの仮説が正しいかをめぐって延々と議論することでしかなかった。しかし、それらの仮説は、神々から教えを受けることが可能となったことによって、そのほとんどすべてが破棄された。神学者たちは、神学を根底から再構築する必要に迫られた。

神学が根底から再構築されたのちも、神学者ではない人々の信仰は、まったく変化しなかった。彼らが持つ神々に対する畏敬の念は、まったく失われなかった。そして彼らは、再構築されたのちの神学を、自身の信仰とは無関係のものとみなした。すなわち、彼らが畏敬の対象とする神々は、過去の神学者たちが立てた仮説のうちで定説とされているものが述べているとおりの存在者であり続けたのである。神学と信仰との乖離は、神学者を志す学生たちを二極に分化させた。すなわち、科学的な探究心を動機として神学者を志す学生たちと、信仰心を動機として神学者を志す学生たちである。

科学的な探究心を動機とする学生たちは、神、すなわちリブナサリタ人を研究の対象とする宇宙生物学の一分野が神学であると考えた。彼らはまず宇宙生物学の学位を取得し、そののち第二リブナサリタに留学した。それに対して、信仰心を動機とする学生たちは、再構築される以前の神学を継承することに意義を見出した。彼らは第二リブナサリタに留学せず、大学の書庫に籠り、過去の神学者たちが立てた仮説について研究した。

セグタナ人たちは、再構築以後の神学を「新神学」、再構築以前の神学を「旧神学」と呼んだ。統合暦二二〇九年ごろまでは、新神学者たちと旧神学者たちは大学の神学部の中で共存していた。しかし、統合暦二二一〇年代に入ると、新神学者たちは徐々に神学部から排除されるようになり、二二二七年ごろには、神学部の教授は旧神学者のみに独占されるようになった。多くの大学の理学部は、神学部から排除された新神学者たちを宇宙生物学の教授として迎え入れた。

統合暦二二三〇年代に入ると、再構築以後の神学は「リブナサリタ人学」と呼ばれるようになり、単に「神学」と言えば再構築以前の神学を意味するようになったため、 「新神学」と「旧神学」という言葉は次第に使われなくなっていった。