[第十話]落書

ラースワという惑星には、さまざまな生物と神々が棲息していた。

人間と呼ばれる種類の生物は敬神の念が篤く、至る所に神殿を建てて神々を祀っていた。神々はそれを喜び、その返礼として人間たちに福徳を授けた。

あるとき、ミゼレンダという人間に一柱の神が憑依した。その神はミゼレンダの口を借りて、自分はクイクムスという名の神であると人間たちに告げた。その言葉を聞いた人間たちのうちでそれまでにその名前を聞いたことのある者は、誰一人としていなかった。

クイクムスはミゼレンダの口を借りて言った。「私はこの宇宙を創造した者である。私以外の神々もまた私による被造物である」

人間たちは、最初のうちはクイクムスの言葉を信じなかった。しかし彼らは、ミゼレンダが自身の体を火中に投じたのちに灰の中から復活したという話や、彼女が島と島をつなぐ巨大で堅牢で美しい橋を一夜にして建設したという話など、彼女が起こしたさまざまな奇蹟にまつわる伝聞が流布するにつれて、しだいにその神の言葉を信じるようになっていった。

クイクムスは人間たちに次のように説いた。「私のみを崇拝する者は、死んだのち、天国において永遠に楽しく暮らすことができる。しかし、私以外の神を崇拝する者は、死んだのち、地獄に堕されて永遠の責め苦に苛まれる」

惑星上のあらゆる都市で、クイクムスを祀る神殿を造営する槌音が響き渡った。その神を崇拝する人間は増加の一途をたどった。そして、それ以外の神々を祀る神殿に供物を捧げる人々は日を追って減少し、それらの神殿の荒廃は留まるところを知らなかった。

神々の多くは、クイクムスが人間たちに自分のみを崇拝させようとすることに対して強い不快感を抱いた。神々のうちで強い権限を持つ者たちは、人里離れた荒野に集まり、人間たちからの崇拝を取り戻す方策について協議した。そして彼らは、マリカイアという神が提案した方策の採用を決定した。

マリカイアが提案した方策というのは、残虐な行為への嗜好をクイクムスの心に吹き込むことによって、その神に対する人間たちの崇拝心に動揺を生じさせようというものだった。

その方策を実行に移すため、精神を操作する能力を持つ神々が召集された。それらの神々は、総力を結集して残虐な行為への嗜好をクイクムスの心に吹き込んだ。

折しも、クイクムスを祀っている神殿の壁面に、その神を誹謗する落書が書かれているのが発見される、という事件が発生した。クイクムスは、落書の犯人を捕えよと人間たちに命じた。

数日後、落書の犯人は、クイクムスを崇拝する人間たちによって捕えられた。クイクムスは、その犯人に対する死刑を人間たちに命じ、その方法を具体的に示した。それは、身の毛もよだつような恐ろしい刑罰だった。クイクムスを崇拝する人間たちの大多数は、その刑罰を執行することに対して難色を示した。しかし、一部の熱烈な崇拝者たちは、反対を押し切り、クイクムスによって示された方法による刑罰を執行した。

その事件を契機として、クイクムスを崇拝する人間たちの数は、またたくうちに減少していった。ミゼレンダは捕えられ、殺人を教唆した罪で死刑に処せられた。

ミゼレンダの処刑はクイクムスを激怒させた。怒れる神は一個の惑星を創造し、それをラースワに激突させた。ラースワは粉々になり、その惑星に棲んでいたすべての生物は死滅した。