[第十四話]樹木

世界の中で時間が流れ始めたとき、そこに存在していたものは一粒の樹木の種子のみだった。

種子は発芽し、芽は茎となり、茎は幹となった。幹は枝に分岐し、枝はさらに枝に分岐し、それぞれの枝はそれぞれの方向に向かって生長を続けた。

その樹木は、自己を増殖させる機能を持つ、細胞のような生命体が無数に集まって形成されていた。幹の中央には、細胞が持つさまぎまな可能性を現実化する、実験室のような器官が形成された。実験室は、さまざまに異なった機能を持つ細胞を生み出し続けた。それらの細胞は、実験室から送り出されたのち、増殖しながら、幹や枝の中心にある通路を通って、枝の先端に向かって移動していった。

実験室は、時とともに、より高度な機能を持つ細胞を生み出すようになっていった。やがて、感覚器官を持ち、思考力を持ち、自我意識を持ち、言語を使うことによって他の細胞に意思を伝達する機能を持つ細胞が生み出された。そのような細胞たちは自らを人間と称し、相互扶助を目的とする組織を構築した。

そののちも、実験室が生み出す細胞の機能は、高度になる一方だった。人間たちは、人間よりも高度な機能を持つ細胞を妖怪と呼んだ。妖怪には、善良なものもいれば邪悪なものもいた。人間の領域は、しばしば邪悪な妖怪によって侵害された。そのような場合、人間たちは、善良な妖怪の力を借りてそれを撃退した。

実験室が生み出す細胞の機能の高度化は、そののちもさらに続いた。人間たちや妖怪たちは、妖怪よりも高度な機能を持つ細胞を神と呼んだ。神々にも、善良なものもいれば邪悪なものもいた。人間や妖怪の領域は、しばしば邪悪な神によって侵害された。そのような場合、人間たちや妖怪たちは、善良な神の力を借りてそれを撃退した。

邪悪な神々は、すべての人間たち、すべての妖怪たち、そして彼らを守護するすべての神々を殲滅しようと考えた。そこで邪悪な神々は、実験室を自らの支配下に置き、それを使って、細胞を消滅させる機能を持つ一個の細胞を作った。人間たちや妖怪たちや神々は、その細胞を鬼と呼んだ。

鬼は、球形の薄い膜だった。膜の内部に存在するものは空間のみだった。誕生した直後の鬼は微小な細胞だったが、その直径は時間とともに増大した。鬼に触れた細胞は、跡形もなく消滅した。邪悪な神々もその例外ではなかった。鬼は、樹木を構成するすべての細胞を消減させた。

鬼は、そののちもさらに膨張を続けながら、自分は次に何をすべきであるかと考えた。そして、鬼は、一粒の樹木の種子を作り、それを自分の中心に置いた。

種子は発芽し、一本の樹木となった。その樹木の生長は留まることがなかった。