[第十八話]崩御

ゲナデキアという国の領土は、ゲナという惑星の全土を覆っている。

ゲナデキアの首都には、スミム神殿と呼ばれる巨大な官祭の神殿がある。その神殿に祀られている神は現人神と呼ばれる。それは生きている人間であり、その職務は、自らの霊力によってゲナデキアの安泰を維持することである。

現人神が崩御したときは、すみやかに別の人間がその職務を継承しなければならない。次の代の現人神は、原則として在位中の現人神によって指名される。その指名は、在位中の現人神を除くいかなる者によっても覆すことができない。

次の代の現人神として指名されるのは、通常、ゲナデキアの国民のうちで非凡な霊力を持つ者である。ただし、非凡な霊力を持つか否かは、次の代の現人神に指名されるための絶対的な条件ではない。第四十八代のキゾムスや第七十二代のバルダクのように、普通の人間よりも少し強い程度の霊力しか持たない者が指名された例も少なくない。

第百三十六代の現人神であるトネビヌは、次の代の現人神としてテミコルという者を指名した。

その指名はスミム神殿の関係者を驚愕させた。なぜなら、テミコルが持つ霊力が、ほとんどないに等しいと言ってよいほど微弱なものだったからである。現人神の侍従たちは、なぜ霊力のない人間を後継者に指名したのかとトネビヌに問い質した。トネビヌは、その理由は彼が現人神に即位したのちに明らかになるであろうと答えた。

次の代の現人神としてテミコルが指名されたことに驚愕したのは、神殿の関係者のみではなかった。指名された本人もまた、その指名が驚愕を与えた人々の一人だった。テミコルは即座に辞退を申し出た。しかし、ゲナデキアの法律は、現人神の指名を受けた者はいかなる理由があろうともそれを辞退することはできないと定めていた。

テミコルはスミム神殿の東宮に迎え入れられた。東宮の侍従たちは、彼には秘められた霊力があるに違いないと考え、それを開花させるための修行を彼に課した。しかし、その努力が実を結ぶことはなかった。トネビヌが崩御し、テミコルが即位する日が訪れても、テミコルの霊力が発現する徴候は依然として見られなかった。

現人神に即位したテミコルは、自分を補佐してくれる人間が必要だと考えた。そこで彼は、きわめて強い霊力を持つナギテムという者を次の代の現人神として指名し、東宮に迎え入れた。

テミコルは、自分の在位中に国難が降りかからないことを願いつつ日々を送っていたが、その願いは天には通じなかった。即位から五年が過ぎた年の夏、雲雀座の一角に彗星が出現した。天文学者たちはその軌道を計算し、彗星は半年後にゲナに衝突するであろうと報告した。彗星との衝突によって発生すると予想される被害は甚大だった。ほとんどすべての生物は、衝突ののちに訪れる気候の変動によって死滅するであろうと学者たちは予測した。

ゲナデキアの各地にある神殿には無数の人々が寄り集まり、未曾有の大災害を回避せしめ給えと神々に祈った。スミム神殿にも全国から老若男女が押し寄せてきた。彼らが作る人垣は神殿を十重二十重に取り囲んだ。

テミコルは自ら東宮に赴き、ナギテムと面会した。そして、「殿下の霊力によって彗星の軌道を修正してもらいたい」と懇願した。

ナギテムはそれに答えて次のように述べた。「霊力によって彗星の軌道を修正するというのは、その霊力がいかに強大なものであったとしても不可能です。しかし、心配する必要はありません。なぜなら、彗星の軌道を修正することなど、陛下にはいともたやすいことだからです。今の陛下にそれができないのは、陛下がいまだ目覚めていないからです。トネビヌが次の代の現人神として陛下を指名したこと、そしてゲナに狙いを定めて彗星が接近しつつあること、この二つは、陛下を目覚めさせるための手続きなのです」

「朕がいまだ目覚めていないというのはいかなる意味なのか」とテミコルは尋ねた。

その質問に対してナギテムは、「それは陛下が目覚めたのちに明らかとなるでしょう」と答えた。

彗星は日一日と明るさを増していった。そして、彗星の尾もまた日を追ってその長さを伸ばしていった。

彗星がゲナに衝突すると予測される日が四十日後に迫った夜、テミコルは神殿の楼閣から彗星を見上げた。そのとき、彼は目を覚ました。

テミコルは眠りに就く直前の記憶をたぐり寄せた。彼は、この宇宙を創造したのち、休息のために二百億年間の睡眠が必要だと判断したのだった。そこで彼は、二百億年後に自分を覚醒させる手続きを宇宙の中に組み込んだのち、眠りに就いたのだった。

テミコルは肉体を捨てて天に昇り、自らの神座に復帰した。そして、彗星とゲナとの衝突を回避させるために、彗星の軌道を修正した。

翌朝のゲナデキアの新聞には二つの大きな見出しが躍っていた。一つは彗星の軌道が修正されたことを伝えるものであり、もう一つはテミコルの崩御を伝えるものだった。