[第二十四話]紙

ルリナニアという惑星では、トリブリスという植物が紙の原料として使われていた。

ルリナニアの一角にコモナマという国があった。あるときコモナマは、隣国との戦争で勝利を収め、その国の領土の一部だったメキトルという地域を併合した。その地域の大部分は無人の荒野だった。その地域に入植したコモナマの人々は、原野を開墾し、さまざまな作物を栽培した。彼らは紙を製造するためにトリブリスも栽培しようと試みた。しかし、メキトルの気候はトリブリスの生育には適していなかった。

ネムはメキトルに入植した人々の一人だった。彼はメキトルに自生する植物を採集し、それを原料にして紙を作り、その品質を検査する、という作業を繰り返した。その結果、ポルテミカという植物を原料とする紙はトリブリスを原料とする紙に匹敵するほど良質であるということが判明した。彼はポルテミカを栽培し、それを原料にして紙を製造し、それをメキトルの人々に販売する、という事業を開始した。人々はガネムが販売する紙をガネム紙と呼んだ。

その頃からメキトルでは、人間が突如として姿を消すという事件がしばしば発生するようになった。姿を消した人々の親族たちは彼らを必死で尋ね回った。しかし、彼らの行方は杳として知れなかった。

最初の行方不明者が姿を消してから一年が過ぎた日、その行方不明者は、彼が姿を消した場所に忽然と出現した。そして彼ののちに行方不明になった人々も、姿を消してから一年後、もとの場所に次々と出現していった。

人々は、戻ってきた行方不明者たちに、姿を消してから戻ってくるまでの間、どこで何をしていたのかと尋ねた。行方不明者たちは一様に不思議そうな顔をした。なぜなら、彼らは自分が行方不明になっていたとは思っていなかったからである。彼らは自分が姿を消した瞬間に別の世界へ移動し、一年後に、自分が行方不明になっている世界に戻ってきたのだった。自分が行方不明になっていることに彼らが気づかなかった理由は、行方不明になっている間に彼らが生活していた世界が、彼らがそれまで生活していた世界とほとんど同じだったからである。

人々はさらに、行方不明になった原因に心当りはないかと行方不明者たちに尋ねた。その結果、姿を消す前の行方不明者たちの行動に一つの共通点があることが判明した。彼らは、姿を消す七日前に、現実とは異なる想像をガネム紙に書き留めていたのである。彼らが行方不明になっている間に生活していた場所は、彼らがガネム紙に書き留めた想像が現実化した世界だった。

その事実が公表されると、ガネム紙を所有していた人々の多くはそれを廃棄した。しかし、行方不明になる危険を顧みず、現実とは異なる想像をガネム紙に書き留める人々も少なくなかった。彼らはそれを書き留めてから七日後に姿を消し、その一年後に戻ってきた。そして彼らは、ガネム紙に書き留めた想像が現実化した世界での見聞を人々に語った。

想像が現実化した世界へ行くことができ、一年後には必ず戻ってくることができるというガネム紙の機能が多くの事例によって実証されると、その紙は、時間に余裕のある人々が余暇を楽しむための手段として利用されるようになった。彼らはそれを使って、貴公子として王侯貴族との社交を楽しんだり、天才的な盗賊となって大富豪の邸宅から財宝を盗み出したり、狂暴な怪物どもが跳梁跋扈する世界でそれらの怪物と戦ったりした。

数年後には、ポルテミカはメキトルのみならずルリナニアの各地で栽培されるようになっていた。大多数の人々にとってガネム紙を使う目的は自分の楽しみのためだったが、その紙が持つ可能性を開拓するために自らを実験台にする者も少なくなかった。ある者は、現実の世界に戻る日をあらかじめ指定することはできないかと考え、十日後の日付をガネム紙に書き留めて想像の世界へ旅立った。書き留めた日付の日が来たとき、彼は帰還を喜ぶ人々と再会した。実験は成功したと彼は思ったが、それは錯覚だった。その再会もまた、想像の現実化に過ぎなかったのである。彼がその真実を知ったのは旅立ちの一年後のことだった。

ある者は、想像の世界の中でガネム紙に想像を書き留めるという実験を試みた。予想されたとおり、その想像は七日後に現実化された。すなわち、第一層の想像の世界の上に第二層の想像の世界を生成することができたのである。ただし、第二層の想像の世界に滞在することができる期間は、一年よりも短かった。第一層の想像の世界が生成されてから一年後の時点で、旅人は、第二層の想像の世界から現実の世界へ引き戻されるのである。

ある者は、自分の身体とは別の物体を第二層の想像の世界から現実の世界へ持ち帰ることができるという機能を持つガネム紙が存在する世界を生成し、その世界の中で、この世のものとは思えないほど美しい宝石を入手するという想像をガネム紙に書き留める、という実験を試みた。その実験は成功し、彼は、第二層の想像の世界で入手した二個の宝石を左右の手に握り締めたまま現実の世界に戻って来た。

サリトという者は、現実の世界に戻る日をあらかじめ指定する機能が追加されたガネム紙を製造することのできる、品種改良されたポルテミカの種を握り締めて、現実の世界に戻ってきた。彼はその種から発芽したポルテミカを育て、十分に成長したのち、それを原料にして紙を作った。そして、十日後の日付をその紙に書き留めて想像の世界へ旅立った。その日付の日、人々が見守る場所に彼は出現した。人々は実験の成功を祝福した。しかし、彼自身が実験の成功を確信したのは、出発から一年後のことだった。品種改良されたポルテミカから製造された紙を人々はサリト紙と呼んだ。

サリト紙は一年間という制約から人々を解放した。大多数の人々は数日間の休暇を楽しく過ごすためにその紙を利用したが、それとは逆に、一年後よりも先の日付を書き留めて想像の世界へ旅立つ者も少なくなかった。

ある者は、特定の日付ではなく「無期限」という言葉をサリト紙に書き留めて想像の世界へ旅立った。一年が過ぎ、二年が過ぎ、三年が過ぎても、彼は帰って来なかった。この実験の結果は、死期が近いことを告知された重病の患者たちに希望を与えた。彼らは不老長寿が現実化した世界へ無期限で旅立った。

あるとき、グリメナという国に住む一人の老人が高熱を発し、九日後に死亡した。その熱病の病原体は、空気感染によって周囲の人々を次々と発病させていった。いかなる薬も、その熱病から患者を救うことはできなかった。死者の数は幾何級数的に増大していった。

人々は先を争ってサリト紙を買い求めた。そして、いかなる病気も存在せず、人間に不滅の生命が与えられている世界へ無期限で旅立った。現実の世界のルリナニアには、生きている人間は一人も残らなかった。