[第二十八話]膨張

クナタマ大学の学術調査隊は、ミルボキデルの第三十四洞窟において、クベスナ王国のラシム王朝時代のものと推定される木製の箱を発見した。

その箱には、ラシム王朝時代に使われていた文字で、「この箱は決して開いてはならぬ」と書かれた封印が貼られていた。考古学者たちはその封印を慎重に剥がし、箱の蓋を開いた。箱の中に納められていたのは、未知の物質でできた、一辺が三尺七寸の立方体だった。

その立方体は内部が空洞だった。そして、どの面にも透かし彫りで文章が刻まれていて、記されている文章はそれぞれの面で異なっていた。一面の行数は十六行で、それぞれの行には二十八個の文字が刻まれていた。それらの文字は、他のいかなる文献でも使われていない未知のものだった。

未知の文字が刻まれた物体が発見されたという報せを聞いて、立方体が保管されている考古学科の倉庫には多数の言語学者たちが集まってきた。彼らは立方体の表面の拓本を作り、それを自分たちの研究室に持ち帰った。

箱が開封されてから五日後、考古学者の一人が、以前に見たときよりも立方体が大きくなっているような気がするとつぶやいた。他の考古学者たちは半信半疑だったが、計測してみると、どの辺も三尺八寸で、箱から取り出したときよりも一寸だけ大きくなっていることが判明した。

膨張する物体が発見されたという報せは物理学者たちの耳にも届いた。彼らは考古学科の倉庫に測定機器を持ち込み、その物体の大きさや重量などを精密に測定した。その結果、立方体は、大きさも重量も常に増加し続けているということ、そして増加の速度もまた加速し続けているということが判明した。数日後には、立方体の膨張は肉眼でも確認できるほどの速度に達していた。

倉庫が破壊されることを恐れた考古学者たちは立方体を倉庫から運び出し、大学に隣接する林の中にそれを置いた。しかし、大学の校舎が立方体によって破壊されるのは時間の問題だった。立方体はさらに人里離れた山中に移された。

立方体による災厄を未然に防ぐため、物理学者たちは、それがどのような仕組みで膨張するのかという謎の解明に全力を傾注した。言語学者たちは立方体に刻まれた文章の解読に骨身を削った。そして考古学者たちは、立方体に言及する文書を求めて、ミルボキデルの第三十四洞窟に再び調査隊を派遣した。

第三十四洞窟は迷路のような複雑な構造を持っており、学術的な調査が及んでいる区域はその一割にも満たなかった。調査隊は、立方体が発見された地点よりもさらに奥に向かって進んだ。そして彼らは、石を人工的に積み重ねて造られた壁を発見した。考古学者たちは慎重に壁を取り除いた。その奥には空洞があり、そこには大量の文書が保管されていた。考古学者たちはそれらの文書を洞窟の外へ運び出した。

ミルボキデルの第三十四洞窟で眠りに就いていた文書の大多数は、ラシム王朝時代に使われていた文字で記されていた。ラシム王朝時代を専門とする歴史学者たちはそれらの文書の内容を調査した。そして、七一七六という番号が与えられた文書の中に、膨張する立方体をめぐる出来事が記録されているのを発見した。それは次のような記録だった。

ラシム王朝の十七代目の王であるテギシス二世の時代、ザミマと名乗る女神がゼリトゴリ山に降臨した。彼女は、クベスナ王国で農業を営むすべての者たちに対して、「毎年、収穫した作物の百分の一を我に奉納せよ」と命じ、それに従わない者には天罰を下した。さらに彼女は、クベスナ王国に住むすべての人間に対して、「山椒魚は神聖な動物であり、決して食べてはならぬ」という戒律を与えた。

ザミマから与えられた戒律を守ることは、多くの人々にとってそれほど困難なことではなかった。なぜなら、山椒魚はきわめて希少であり、それを食べることができるのは王侯貴族と一部の商人に限られていたからである。

古来、舌の肥えた人々は、他のいかなる食物よりも美味なるものとして山椒魚を珍重してきた。したがって、ザミマの戒律は、美食家たちにとっては堪え難いものだった。彼らは、時として戒律を破り、禁断の珍味に舌鼓を打った。ザミマはそのような不心得な者たちに天罰を下した。しかし、天罰が下されることを覚悟の上で山椒魚を味わう人々は跡を絶たなかった。特に、ラシム王朝の王族たちは、何かに取り憑かれたかのように山椒魚に執着し続けた。

ある日、王宮の中庭にザミマが降臨した。彼女は内部が空洞になった立方体の中に立っており、周囲に集まってきた廷臣たちに向かって、「命が惜しければ今すぐ王宮から退避せよ」と命じた。

立方体は次第にその大きさを増し、それに伴ってその中にいる女神も巨大化していった。ナギレム四世の時代に築かれた壮麗な王宮は膨張する立方体によって崩れ落ち、女神の哄笑は百里四方に轟き渡った。

立方体の膨張は、クベスナ王国の王都をことごとく破壊したのちに停止した。女神は立方体から抜け出し、天上へ昇っていった。

災厄を生き延びた人々は立方体を収縮させ、それが出現した時点での大きさに戻した。そして、木製の箱の中に立方体を納め、王都から遠く離れた山岳地帯にある洞窟の中にその箱を封じ込めた。

文書七一七六は、立方体を収縮させる方法には言及していなかった。歴史学者たちは、その方法に関する記述を求めて、第三十四洞窟で発見された文書の調査を続行した。

一方、言語学者たちは、立方体に刻まれた文章の解読を進めていた。その結果、その物体に刻まれているのは、その物体を操作するための呪文の唱え方であるということが判明した。しかし、単語のどのような組み合わせがどのような操作を意味するのかということの解明は遅々として進まなかった。

苦難に満ちた探究の結果、言語学者たちは、立方体を回転させる呪文とその回転を停止させる呪文を解明した。彼らは立方体に接近し、回転の呪文を唱和した。すでに一辺が二十町に達していた立方体は、その呪文に応え、ゆっくりと回転を開始した。言語学者たちが停止の呪文を唱和すると、回転は停止した。

言語学者たちが次に解明したのは、立方体を浮上させる呪文と降下させる呪文だった。彼らが浮上の呪文を唱和すると、立方体は地面から浮かび上がった。 しかし、降下の呪文を唱和しても、その物体を地上に呼び戻すことはできなかった。呪文に間違いがあったためである。正しい降下の呪文は数日後に明らかになったが、そのときにはすでに、立方体は大気圏の外に出てしまっていた。

その後も立方体は、膨張しながら一定の速度で移動を続けた。天文学者たちは、立方体が膨張する速度が現在と同じ比率で加速し続けるならば、その物体は七万四千年後に宇宙全体と同じ大きさに到達するであろうと計算した。