[第三十六話]拒絶反応

その宇宙には無数の惑星が存在していた。それらの惑星の大多数は生物が存在しない死の世界だったが、生物が発生した惑星も少なからず存在した。生物が発生した惑星の多くにおいて、生物は進化し、知性を持つ生物、すなわち人間を生み出すに至った。

人間たちはその知性を縦横に活用することによって宇宙の秘密を解き明かそうと試みた。その試みに成功した種族の人間たちは、人間を超越した生命体、すなわち神となった。神となった種族の人間たちはそののちも宇宙の秘密について探究を続け、神としての階梯を昇っていった。

タリマという惑星で発生した神々は宇宙の探査を進め、多くの惑星で、自分たちとは異なる種族の神々と出会った。しかし、彼らが出会った神々の中に、自分たちよりも高い階梯にまで昇っている種族の者たちはいなかった。

タリマの神々は、多くの惑星で、依然として人間の段階に留まっている種族とも出会った。タリマの神々は、人間たちが暮している惑星を発見すると、その人間たちに律法を授け、それを遵守することを要求した。

ギテモスは、タリマに住む神々の一柱だった。あるとき彼は、未知の惑星を探索するために宇宙の辺境に向かって旅立った。そして、依然として人間の段階に留まっている種族が暮している惑星を発見した。その惑星の人間たちは自分たちの惑星をミゲナと呼んでいた。

ミゲナは、タリマの神々にとっては未知の惑星だったが、ゴレザという惑星に住む神々にとっては、ギテモスによる発見に先立つこと三千年の昔から既知の存在だった。ゴレザの神々はしばしばミゲナの人間たちの前に顕現し、人間たちの願い事を聞き、それを成就させるために奔走していた。

ゴレザの神々は、タリマの神々に比べると、遥かに低い階梯に留まっていた。ギテモスはミゲナに降臨し、ゴレザの神々をその惑星から放逐し、彼らが二度と降臨することができないように、その惑星の周囲に結界を張り巡らせた。

ギテモスはクメリヌムという人間を預言者として選び、次のような啓示を彼に授けた。

「我が名はギテモスである。汝らが崇拝している者たちは真の神ではなく我の使者にすぎない。真の神は一柱しか存在せず、我こそがそれである。我は汝らに律法を授ける。汝らはこれより、その律法を遵守しなければならない。一度でも律法を破った者は、死んだのち、地獄において苛酷な刑罰を受けるであろう」

そしてギテモスは律法をクメリヌムに授け、クメリヌムはそれを粘土板に書き留めた。クメリヌムは街から街へ移動しつつギテモスから授けられた啓示を人々に伝えた。人間たちはギテモスに帰依し、律法を固く守って暮すことを誓った。ギテモスはそれを見て満足し、未知の惑星を探索する旅を続行するために昇天した。

ギテモスにはネビソクという弟がいた。彼らは兄弟であるにもかかわらず、会うたびに口論が始まるほどの犬猿の仲だった。

ギテモスがミゲナに降臨してから五百年ののち、ネビソクもその惑星に降臨した。彼はその惑星の人間たちがどのような信仰を持っているかを調査した。その結果、その惑星の人間たちは大きく異なる信仰を持つ二つの集団に分類することができるということが判明した。

ミゲナのほとんどすべての人間はテミゾマという大陸を居住地としていた。信仰によって分類される人間たちの二つの集団の一方は、その大陸の西の地域で暮し、他方は東の地域で暮していた。西の地域はキベシクダと呼ばれ、東の地域はムガテボラと呼ばれる。キベシクダに住む人間たちはギテモスの啓示を信じていたが、ムガテボラに住む人間たちはゴレザの神々を崇拝していた。ムガテボラの人々はゴレザの神々の偶像を造り、偶像に向かって様々な願い事を祈願していた。

ネビソクはムガテボラの人間たちの中からニケトスルという者を預言者として選び、次のような啓示を彼に授けた。

「我が名はネビソクである。汝らが崇拝している偶像は単なる物体であって真の神ではない。真の神は一柱しか存在せず、我こそがそれである。我は汝らに律法を授ける。死ぬまでその律法を遵守し続けた者は、死んだのち、天国において至福の生活を送るであろう」

そしてネビソクは律法をニケトスルに授け、ニケトスルはそれを羊皮紙に書き留めた。その律法は、基本的にはギテモスの律法を踏襲したものだったが、その細部には様々な変更が加えられていた。

ニケトスルは街から街へ移動しつつネビソクから授けられた啓示を人々に伝えた。彼の言葉を聞いた人々の多くは神々の偶像を破壊し、ネビソクの律法を固く守って暮すことを誓った。ネビソクはそれを見て満足し、タリマへ帰るために昇天した。

ニケトスルの死後も、ネビソクによる啓示の伝道は彼の遺志を継ぐ者たちによって進められ、偶像を破壊してネビソクに帰依する者は増加の一途をたどった。彼の死の三百年後には、ネビソクに帰依する者はムガテボラの人口の八割に達した。

ネビソクに帰依する者たちは、ギテモスとネビソクは同一の神であると考えていた。それに対して、ギテモスに帰依する者たちはニケトスルを預言者とは認めず、彼はネビソクと名乗る悪霊にたぶらかされているのだと考えた。

キベシクダに住む人々は、悪霊から授けられた律法を守って暮すムガテボラの人々を正しい道に引き戻す義務が自分たちにはあると考えた。キベシクダの人々は、ギテモスの啓示を人々に伝えるため、宣教師をムガテボラに派遣した。しかし、ムガテボラの人々は宣教師の言葉に耳を傾けなかった。

宣教師を派遣しても効果はないと知ったキベシクダの人々は、武力によってムガテボラを占領し、その地域の人々をギテモスの律法に強制的に従わせようと考え、その地域に軍隊を派遣した。キベシクダの軍隊はムガテボラの一部分を占領した。キベシクダの人々は占領した地域の人々に対してギテモスの律法に従うことを強制した。キベシクダの軍隊は占領地をさらに拡大させようと試みたが、その試みはムガテボラの軍隊によって阻止された。

ムガテボラの人々は軍備を増強し、キベシクダの人々によって占領された地域に軍隊を送り込んだ。そしてその地域を奪回し、さらにキベシクダの一部分を占領した。ムガテボラの人々は奪回した地域と占領した地域の人々に対してネビソクの律法に従うことを強制した。このような占領と奪回はそののち何度も繰り返された。人間たちは兵器の殺傷力を高めることに知恵を絞り、その結果、戦闘に伴う死傷者の数は交戦のたびごとに増加していった。ムガテボラとキベシクダの境界線に隣接する地域に住む人々は、支配者が交替するたびに、それ以前とは異なる律法を守って暮すことを強制された。

ギテモスが二度目にミゲナに降臨したのは、ネビソクの降臨から五百年後のことだった。ギテモスが地上で見たものは自らの律法を守る者たちのおびただしい死骸だった。彼は、その惨状をもたらしたのは自身の弟から授けられた律法を守る者たちであるということを知って激怒した。そして、彼らを滅ぼすために自ら軍隊を率いてムガテボラに攻め入った。

キベシクダの軍隊は破竹の勢いで占領地を拡大していった。その軍隊を率いているのがギテモスだということを知ったムガテボラの人々は、ギテモスとネビソクが同一の神であるというそれまでの認識は誤りだったと考えるようになった。そして、再臨して自分たちとともにギテモスの軍隊と闘ってほしいとネビソクに祈願した。

ムガテボラの人々の祈りはネビソクに届いた。ネビソクはミゲナに降臨し、自ら軍隊を率いて兄が率いる軍隊に反撃を加えた。兄弟神にとって、この戦争は積年の恨みを晴らす千載一遇の機会となった。ミゲナの人間たちはこの戦争を最終戦争と呼んだ。

ムガテボラの人口の二割はゴレザの神々を崇拝する人々だった。彼らは兄弟神の戦闘には加わらず、ミゲナに平和が訪れることを神々の偶像に向かって祈願した。ゴレザの神々はその願いを叶えたいと望んだ。しかし、ギテモスによって張り巡らされた結界は依然として彼らの降臨を妨げていた。

キベシクダの軍隊とムガテボラの軍隊は戦力が均衡しており、戦況は振り子のごとく揺れ動くのみだった。ギテモスは、この均衡を破るためには他の神々の加勢を得るしかないと考えた。しかし、タリマの神々はこの兄弟喧嘩を傍観する姿勢を崩さなかった。そこでギテモスは、ゴレザの神々に加勢を求めることにした。彼は、二段階上の階梯に彼らを上昇させるという報酬と引き替えに、自分に加勢してもらえないかとゴレザの神々に持ち掛けた。

ゴレザの神々はギテモスの提案を受け入れた。ギテモスは彼らの階梯を二段階上に上昇させ、さらに自身が張り巡らせた結界を撤去した。ゴレザの神々はミゲナに降臨し、キベシクダの軍隊に加勢した。ゴレザの神々の参戦は戦況を一変させた。いかなる戦闘においても、キベシクダの軍隊は圧倒的な戦力で敵をねじ伏せた。

ムガテボラの軍隊は敗走に次ぐ敗走を重ねた。ネビソクの律法を守る人々が暮す地域は、キベシクダの軍隊によって次々と占領されていった。ネビソクは敗北を認め、ギテモスが起草した降伏文書に神璽を捺した。その文書は、未来永劫に渡ってミゲナに降臨しないことをネビソクが誓約するものだった。

ギテモスはゴレザの神々に深く感謝し、彼らに対する謝礼として、ミゲナの人間たちに授けた律法に、「我と同様にゴレザの神々をも崇拝せよ」という条項を追加した。そして彼は、五百年後に再臨するという意向を預言者に伝えたのちに昇天した。

五百年後、ギテモスはミゲナに再臨し、その惑星の人間たちがどのような信仰を持っているかを調査した。その結果、その惑星の人間たちが崇拝しているのはゴレザの神々であり、ギテモスが彼らに授けた律法を守って暮している者は一人として存在しないということが判明した。彼はミゲナの人間たちの中からタリモギムという者を預言者として選び、律法を守ることが義務であることを人々に伝えよと命じた。

タリモギムは街から街へ移動しつつ、ギテモスから授けられた律法を守らなければならぬと人々に語った。しかし、ほとんどすべての人々は、彼が説法を始めるや否や、拒絶反応を示して彼の前から姿を消した。彼らが拒絶反応を示した理由は、ギテモスという名前が忌わしい歴史と結びついていたからである。すなわち、大多数の人々は最終戦争の惨禍が再び繰り返されることを極度に恐れており、彼らは、その戦争に至る歴史の発端は千五百年前にギテモスという神がミゲナに降臨したことであると認識していたのである。