[第四十一話]軍事裁判

ラゼムという神は宇宙の究極的な創造者である。すなわち、宇宙に存在するあらゆる事物は、その創造の連鎖を遡ると、必ず彼に到達するのである。

ラナスタという惑星の表面にはバルテクマという大陸があり、そこには人間が住んでいる。その大陸の周囲には様々な大きさの島々が点在している。小さな島々の多くは無人島であるが、ある程度以上の面積を持つ島々の多くには人間が住んでいる。

ラゼムは、バルテクマ大陸の中央にあるサミバスカという国に住むコレタスという人間を預言者として選び、彼に次のような預言を託した。

「我は宇宙の創造者である。すべての人間は我を崇拝しなければならない。我以外に神は存在しない。存在しない神を崇拝する者はその報いを受けるであろう」

コレタスはサミバスカの各地でラゼムの言葉を人々に語った。サミバスカの人々は彼が語る預言を信じ、ラゼムに賛美を捧げるための礼拝堂を各地に建立した。一部の人々は宣教師となり、ラゼムを崇拝する宗教を周辺の諸国に伝道するための旅に出た。周辺の諸国の人々は、サミバスカから訪れた宣教師が語る宗教をコレタス教と呼んだ。

周辺の諸国の人々はコレタス教の宣教師たちが語る言葉に熱心に耳を傾けた。しかし、実在する神はラゼムのみであるということをそれらの国の人々に信じさせることは困難だった。なぜなら、彼らは自分たちの神々を崇拝していたからである。彼らが崇拝する神々は実在しなかったが、彼らはそれで満足しており、異国の神を受け入れる余地は存在しなかった。しかし、コレタス教の宣教師たちは諦めることを知らなかった。彼らは過酷な迫害を物ともせずに伝道を続けた。彼らの献身的な努力は人々の心を打ち、コレタス教に改宗する者は少しずつ増加していった。

バルテクマ大陸のすべての国においてコレタス教の信徒が多数派となったのち、宣教師たちは大陸の周辺にある島々に渡り、ラゼムがコレタスに託した預言をそれらの島々に住む人々に宣べ伝えた。島々の住民たちもまた、実在しない神々を崇拝する自分たちの宗教を容易には捨てなかった。宣教師たちは迫害に耐えながら伝道を続け、土着の宗教からコレタス教に改宗する者を少しずつ増やしていった。

このようにして、惑星ラナスタのほとんどすべての国において、コレタス教の信徒は人口の半数以上を占めるに至った。しかし、バルテクマ大陸の東の海上にあるジブカラという島国においては、コレタス教の布教は遅々として進まなかった。その国においても、コレタス教の宣教師たちは迫害に耐えながら献身的な伝道を続けていた。しかし、ジブカラ人のうちでコレタス教に改宗する者はきわめて少数であり、ほとんどすべての者は土着の宗教を信仰し続けた。

ジブカラ人たちは、コレタス教に改宗する前の他の国々の人々と同様、自分たちの神々を崇拝していた。しかし、他の国々の人々が崇拝する神々とジブカラ人たちが崇拝する神々との間には、大きな相違点があった。それは、前者は実在しない神々であるのに対して後者は実在する神々であるという点だった。

ジブカラ人の神職は、祝詞と呼ばれる呪文を唱えることによって人間を神にすることができる。ジブカラ人たちは、父母や祖父母が死去して二十一年が経過すると、神職祝詞を唱えてもらうことによって故人を神にする。神となった故人は、天界の一角にある高天原と呼ばれる国の住民となり、その国から自身の子孫たちを見守ることとなる。そして、自身の子孫たちが災厄に見舞われた場合には、高天原から下界に降臨し、神通力を発揮することによって子孫たちを災厄から守るのである。

ジブカラは天帝と呼ばれる君主によって統治されており、天帝の地位は天帝家と呼ばれる一族によって世襲されている。通常のジブカラ人を神にするのは死去の二十一年後であるが、天帝はその例外である。天帝の即位の儀式を執行する神職は、即位した天帝を神にする祝詞を唱え、彼を生きたまま神にする。ジブカラ人たちは天帝を現人神として崇拝している。ただし、生きている人間は肉体によって束縛されているため、神にされたとしても、死亡するまでは神通力を発揮することができず、それは天帝も例外ではない。

第二百六十七代の天帝に即位したゼキタスは、富国強兵を政策として掲げ、工業製品の生産を推進し、徴兵制に基づく強大な軍隊を育成した。そしてバルテクマ大陸に軍隊を派遣し、その東岸の国々を植民地化した。

ゼキタスが崩御したのちに天帝に即位したミゲタスは、平和を愛する温厚な人物だった。彼は、バルテクマ大陸からジブカラの軍隊を撤退させること、そして植民地を独立国家にすることを望んだ。しかし、朝廷に仕える者たちの意向は天帝の聖旨とは正反対だった。「もしも大陸から軍隊を撤退させたならば、国内の産業が壊滅的な打撃を受けることは必定であり、むしろ積極的に植民地を拡大することが望ましい」と彼らは天帝に諫言した。天帝は彼らの熱弁に押し切られ、不承不承ながら彼らの政策に了承を与えた。

天帝の名において発せられた命令はジブカラの軍隊を西に向って進撃させた。バルテクマ大陸の国々は次々とジブカラの植民地と化していった。ラゼムがコレタスに預言を託した聖地であるサミバスカも、その例外ではなかった。サミバスカの総督に就任したコメニクスは、天帝家の祖先を祀る霊廟をコレタスの墓の上に建立せよと総督府の役人たちに命じた。

大陸の中央の国々を手中に収めたのち、ジブカラの軍隊はさらに西に向って進撃した。しかし彼らの進撃は、大陸の西部に侵入した段階で急激に減速した。彼らの進撃を阻んだのは、大陸の西の大洋に面した広大な地域を領有するニルゲタマという国の軍隊だった。

ニルゲタマの国民は、そのほとんどすべてが敬虔なコレタス教の信徒だった。コレタス教の聖地が異教徒によって占領されたことは、彼らを大いに憤激させた。ニルゲタマの世論は、ジブカラをバルテクマ大陸から駆逐すべしという論調で塗りつぶされた。ニルゲタマの議会は軍隊の派遣を決議した。

ニルゲタマ軍が保持する戦力は、ジブカラ軍の進撃を阻止することがかろうじてできる程度であり、すでに占領された国々を解放することができるほどのものではなかった。ニルゲタマ人たちは、自軍に天助を授けよとラゼムに祈願した。

ラゼムはニルゲタマ人たちの祈願に応え、ニルゲタマの国籍を持つ物理学者たちの夢枕に立ち、彼らに一つの数式を告げた。物理学者たちはその数式を応用し、一撃で多数の敵兵を殺傷することのできる兵器を開発した。

ニルゲタマ軍が前線に投入した新兵器は戦局を一変させた。ジブカラ軍は撤退を余儀無くされ、植民地化されていた国々は次々と解放されていった。バルテクマ大陸からジブカラ軍を一掃したのち、ニルゲタマはジブカラに対して無条件降伏を要求した。ミゲタスはその要求を速やかに受諾すべきであると主張したが、廷臣たちは天帝の聖旨を無視し、本土決戦の準備を進めた。

ニルゲタマはジブカラの海岸に大軍を上陸させた。ジブカラは軍民一体となって死に物狂いで応戦したが、神の数式を応用することによって開発された兵器が相手では、いかなる抵抗も無力だった。ミゲタスは、無条件降伏の要求を受諾しなければ、ジブカラの国土は焦土と化し、国民の大半が犠牲となるであろう、と廷臣たちに力説した。廷臣たちは天帝の説得に応じ、要求の受諾をニルゲタマに通告した。

ニルゲタマはジブカラを占領し、天帝の宮殿に総督府を置いた。ジブカラの総督に就任したソミガクムは、戦争の責任者を処罰するための軍事裁判を開廷した。

ミゲタスは法廷において次のように証言した。

「ジブカラは天帝が統治する国である。したがって、この戦争のすべての責任は天帝である私にある。朝廷に仕える者たちは私の勅命を実行しただけであり、彼らに責任はない」

また、ジブカラの廷臣の一人は次のように証言した。

「天帝は無謬であり、何人も彼を裁くことはできない。もしも彼を処罰したとすれば、それは宇宙の摂理に背く行為であり、ニルゲタマは必ずやその報いを受けるであろう」

軍事裁判の判事たちは、天帝と廷臣たちを絞首刑に処すという判決を下した。処刑は三日後に執行された。肉体による束縛から解放されたミゲタスは、天界に昇り、ラゼムの玉座の前に進み出た。彼は、ジブカラによる侵略によってバルテクマ大陸の人々に多大なる苦痛を与えたことに対する謝罪の言葉をラゼムに述べた。そして彼はラゼムの前から辞去し、高天原へ向った。

ラゼムは、自らの玉座の前に出現した者が神であることに衝撃を受けた。なぜなら、それまで彼は、自身が宇宙で唯一の神であると信じて疑わなかったからである。彼は、ジブカラの死者が集まる場所が天界の片隅に存在することは知っていたが、ジブカラ人の神職が唱える祝詞によって彼らが神にされるということまでは把握していなかったのである。

ラゼムはソミガクムの夢枕に立ち、すべてのジブカラ人をコレタス教に改宗させよと命じた。総督はラゼムの命令に従い、ジブカラ人を改宗させるための施策を総督府の役人たちに実行させた。その結果、ジブカラに存在するすべての霊廟は破壊され、その跡地にはコレタス教の礼拝堂が建立された。ジブカラ人は定期的に礼拝堂に集められ、コレタス教の聖職者による説教を聴かされた。

ミゲタスは再びラゼムの玉座の前に進み出た。そして、コレタス教への改宗をジブカラ人に強制するというニルゲタマ人による蛮行を今すぐ中止させてほしいと訴えた。しかしラゼムはその訴えに耳を貸さず、ミゲタスに次のように通告した。

「存在することが許される神は一柱のみであり、我こそがそれである。人間を神にする行為は我に対する叛逆とみなされる。よって、ジブカラ人はコレタス教への改宗を受け入れねばならぬ。そして、彼らの改宗が完了したのち、すでに神となった者たちから神性を剥奪する作業が開始されるであろう」

ラゼムの言葉はミゲタスの逆鱗に触れた。ミゲタスは平和を愛する神であったが、ジブカラの伝統を守るために武力を行使することを決意した。

高天原に戻ったミゲタスは神々の前に立ち、彼らの決起を促す演説をした。ジブカラの神々の多くは平和主義者であり、武力を行使すべしというミゲタスの主張に不快感を覚えた。しかし、ラゼムの横暴に怒りを覚える一部の神々は彼に賛同し、彼の下に続々と集結した。

ミゲタスと彼に賛同する神々は自身を実体化させ、手に手に鉾を携えてニルゲタマの首都に降臨した。彼らが鉾を振り回すと、風が起き、その風は首都に建つあらゆる建物を吹き飛ばした。ニルゲタマの軍隊はラゼムの数式を応用した兵器で応戦したが、その兵器は神々に対していかなる痛痒も与えることができなかった。首都が廃墟となったのち、神々は別の都市へ移動し、そこでも破壊の限りを尽した。ニルゲタマ人たちは、怒れる邪神どもに天誅を下してほしいとラゼムに祈った。

ニルゲタマ人たちの祈りに応えるべく、ラゼムは自身を実体化させ、ニルゲタマに降臨した。ジブカラの神々はラゼムを包囲し、口々に威嚇の言葉を吐いた。ミゲタスは彼らを制し、ラゼムの前に進み出た。そして、「お前ごときにこの私が倒せると思っているのか」とラゼムを挑発した。

ラゼムは口から硫黄の炎を吐き、その炎はミゲタスを直撃した。ミゲタスはそのために黒焦げになったが、顔は笑っていた。彼は音速の数百倍の速度でラゼムの胸に鉾を突き立てた。ラゼムは心臓を鉾に貫かれて絶命した。災厄を生き延びたニルゲタマ人たちはラゼムの遺体を埋葬し、その墓の前で何日も泣き続けた。

ミゲタスはジブカラの総督府に姿を現し、本国へ帰って復興に尽力せよとソミガクムに命じた。ニルゲタマに帰還した総督は荒廃した祖国を巡察し、生存者たちを激励した。彼は生き残った政府関係者をニルゲタマの首都に招集し、臨時政府を発足させた。臨時政府は国債を発行して復興資金を確保し、廃墟となった都市の機能を回復させる事業にその資金を配分した。ジブカラの神々はニルゲタマの各地に頻繁に降臨し、ニルゲタマ人に混じって復興のために汗を流した。

ニルゲタマ人たちは、ジブカラの神々に感謝するためにニルゲタマの各地に神々を祀る霊廟を建立した。そして、自分たちもまた死後に神となって子孫たちを災厄から守りたいと望んだ。彼らは神職を養成する学校を各地に設立し、それらの学校の講師としてジブカラから神職を招いた。高天原の神々は、神となったニルゲタマ人たちを温かく迎え入れた。